僕らの夏は泳げずじまい
アキラ先輩は見てなかったみたいだが、海岸にサメが現れているというニュースは流れていたし(とはいえ、ここまで大量発生しているのは想定外だった)、そうじゃなくても盆をすぎた海はクラゲが出て泳げたもんじゃなくなる。それでもここに来たのは、多分、夏休みがもうすぐ終わるという焦りからだと思う。アキラ先輩は、今年もいつもと変わらなかったことの。オレは……なんだろう。ひぐらしの声が寂しかったからか。
結局、海に来て寂しさがまぎれたのかというと、そうでもなかった。人影のない海は強く夏の終わりを感じさせる。でも、青い海とか、潮風とか、波の音とか、砂浜の感触とか……そういう風景を貸切で味わうのは悪い気分じゃなかった。むしろふたりで良かったと思ったほどだ。
先輩は納得いかないような表情はしているものの、思うところがあるのか、終了と言った後も黙って海を見つめている。
「しっかし、ないなー」
「ないですねー」
乾いた笑いで返事をしてから、
「でもまあ、オレは楽しかったですよ」
正直な感想を付け加える。
「まあなー。コメッコ食えたし」
「コメッコて」
笑うしかない。
「ばか、おめー、コメッコはコンビニで売ってねーんだぜ」
先輩も、自分で言いながら半分笑っている。
オレはいつもみたく曖昧に、ああ、とだけ答えた。
「来年……」
小さな間ができる。なんですか、と聞く間もなく、先輩は言葉を続けた。
「来年はさ、もっと早く来ようぜ。泳げなきゃ意味ねーし」
俺は相槌が打てなかった。どういうわけか胸が詰まったからだ。理由ははっきりとはわからない。クラス対抗で優勝し立っときみたいなうれしさと現実を突きつけられたショックがごっちゃになったみたいな感覚に襲われた。
黙っているオレを不審に思ったのだろう、先輩はオレを横目で見た。だが、何も言わずまた海へと視線を戻す。
「いや、ないでしょ」
オレは笑いながら言った。
「だって先輩、来年は大学生じゃないっすか」
笑いながらなら、声の震えをごまかせるからだ。
来年。そんなものオレたちにはない。先輩は適当なFラン大学に行って適当なサークルに入り、きっとオレを忘れる。
「そんなん全然関係ないし」
先輩は簡単にオレの言葉を否定した。
「電話したら来るっしょ、お前」
「ええー? オレ、来年、受験生なんすけど」
「何言ってんだよ。オレなんか今受験生だよ?」
確かにそうだ。オレはもう一度笑った。
「浪人して海行けないとかナシにしてくださいよ」
オレたちは視線を合わせず、守られる確定のない、くだらない来年の約束をする。
オレと先輩は、まだ海を見続けている。
作品名:僕らの夏は泳げずじまい 作家名:ミシマ