二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

とおく、かなたに

INDEX|1ページ/1ページ|

 
楽しそうに食事の用意をしていたフィオルンの手が不意に止まった。彼女の口から、あ、と小さな呟きがもれる。僕がこうして注意深く彼女を見ていなければ(あくまでさりげなくを装って)気がつかないくらい、小さなもの。
「フィオルン?」
 声を掛けると、フィオルンははっとしたように僕を見た。その瞳は僕を見て、それから、家の中をしばらく駆け巡る。なにかを確かめるように、ゆっくり。そして最後に手に持ったお皿を僕のほうに向けて、困ったように笑った。
「見て」
 やっちゃった。そう言って、ぺろりと健康的な色の舌を出す。
「なんか、つい」
 肩をすくめるフィオルンの手には、白いお皿が三枚。夕ご飯でも食べていかない?と誘い入れられたこの家の中に、今は僕とフィオルンの二人きりだ。タンドリーチキンを取り分けるために出した三枚の小皿は、エーテルのやわらかい光に照らされて、白く光っている。
「やあね。私ったら、ぼーっとしちゃって」
「しかたないよ」
「ここで気付かなかったら、そのうち二階に向かって『ご飯できたよー』って叫んじゃってたかもね」
 冗談半分にそんなことをいうフィオルンの顔は、明るく振舞ってるつもりなんだろうけど、やっぱりいつもと違う。こんなとき、どういう風に声を掛けたらいいんだろう。
「お兄ちゃん、ちゃんと栄養あるもの食べてるかなぁ」
 余分だったお皿を一枚、他の二枚のお皿から引き離しながら、フィオルンがぽつりと言った。
「大丈夫だよ、防衛軍は、そういう体調管理には気を使ってるから」
「そうならいいけど。……ううん、そうだよね。大丈夫だよね」
「うん。大丈夫」
 僕が何気なく使った『大丈夫』の言葉に、フィオルンはきっと色々な想いをゆだねているんだろう。機神兵と決戦をするために戦場に行った、ダンバンさんの身を案じながら。
「無理してないといいんだけど」
「それは、昨日出立する前にフィオルンがきつーく言ってたじゃないか」
「そうだね。もううんざりって顔であしらわれたけど」
 まぁ、お兄ちゃんだもん、大丈夫だよね。誰かに同意を求めるというよりも、自分を納得させるような、独り言のような声色。それは、いつもの明るいフィオルンのそれじゃなかった。
「あ、ごめん。待ってね、今おいしい料理持ってくるから!」
 フィオルンは、振り切るように、片手に持った余分な一枚を食器棚に戻そうとする。そんな彼女とお皿とを交互に見ているうちに、僕は思わず勢いよく立ち上がってしまった。
「シュルク?」
 それがあまりにも唐突な行動すぎたのか、フィオルンは驚いて目を丸くしている。
僕は今、どんな表情をしているんだろう。人の表情を観察する余裕はあるのに、自分がどんな顔でいるのかが全く分からなかった。
「ライン」
「え?」
 なかなか出てこない言葉をようやく喉から押し出すと、飛び出したのは親友の名前だった。聞き返すフィオルンに、僕はもう一度はっきり言う。
「ライン、連れてくるよ。ダンバンさんに連れて行ってもらえなかったって、不貞腐れてたからさ。訓練も終わっただろうし」
 いったい、その時の僕はフィオルンの目にどう映っていたのだろう。きっと、かっこよくは映ってないはずだ。でも、それでいい。だって、唐突にそんなことを言って立ち尽くしている僕を見て、フィオルンが笑ったのだから。
「そうだね。三人一緒がいいね」
 まさに今、食器棚に戻されようとしていた一枚のお皿は、また三枚になった。フィオルンの腕の中で、小さく、かちゃりと音を立てて。
「待ってて。すぐ、連れてくるよ」
「あ、シュルク!」
 フィオルンの返事も待たずに外へ飛び出そうとすると、やっぱり呼び止められた。振り向くと、いつものあの笑顔で、フィオルンが立っている。
「ありがと」
「……うん」
 お皿を大切そうに抱き寄せながら微笑むフィオルンに、僕も頷いて、笑い返した。
作品名:とおく、かなたに 作家名:イノウエ