修羅場なう
卯月の声が皐月の部屋に静かに響き渡る。
「そんなに怒鳴らないで、うーちゃん……」
「その呼び方をやめろ」
「そうようーちゃん、私たちだってね、頑張ってるのよ」
「話す暇があるなら手を動かせ」
容赦ない卯月の言葉に、二人は白い原稿に向き直る。
皐月と葉月が卯月に泣きついてきたのは、今週半ばの事。
聞けばまだ白紙のページの方が多いという。
夏の結果が発表されたとき、今回は大丈夫だな?と聞いた卯月に対して二人はいい笑顔で「めざせ、よゆう入稿!」と答えた。
その言葉を信じていたわけではないが、自信満々に答えた二人に、なら手伝うことはやめてやろう、と今年は何も言わなかった。
それがいけなかったのかそれとも本当に二人が馬鹿なのか、結局こんな有様である。
「終わらなーい……」
「キャラの服難しすぎるのよ」
原稿に向かいながら白いコマをノロノロと埋めていく二人に、頭が痛くなる。
何故毎年毎年こうなのか。
学習能力はないのか。
去年も締切ギリギリでなんとか出来たというのに。
はぁ、とため息をついて、そしてふと思い出した。
まだ、締切日を聞いていない。
「……お前達、締切はいつだ」
「…………」
返事は返ってこない。
「い・つ・だ」
わかるようにわざわざ区切って言えば、やっとこちらを向いて笑顔で言った。
「俺、4日」
「私は2日」
思わず壁にかかっているカレンダーをみる。
一週間も、ない。
「……貴様等はほんと馬鹿だな!」
怒鳴れば二人の笑顔がひくつく。
「よくわかった。やはりおまえらは馬鹿だ。どうしようもないクズだな」
言い訳をしようと口を開く二人をさえぎって言う。
「だって」
「言い訳をしている暇があるのか?」
皐月を睨めば、すみません、と小さな謝罪が返ってきた。
「葉月」
「何ようーちゃん」
「8月はTL警備の担当だろう。どうするつもりだ」
そこで始めて気がついたかのように、葉月は一度瞬きをした後にわざとらしく首を傾げ、一言。
「うーちゃんがやって?」
基よりそのつもりだったのだろう、にっこりと笑った。
「卯月が警備やるなら、原稿あそこでやればいいんじゃね?クーラーあるし」
「卯月人気だしね。私たちは原稿出来るしフォロワーの人は卯月に構ってもらえるし、一石二鳥!」
それでいこうそれで!と盛り上がる皐月と葉月をよそに、卯月は本格的に痛くなった頭を押さえる。
こいつらは……本当に……。
きゃっきゃっと騒ぐ二人を睨みつける。
「俺を借り出すなら、それ相応の覚悟はあるんだろうな?」
意識せず出た低い声に、二人の動きがピタリ、ととまった。
「いいだろう、貴様等の原稿管理、それからTL警備もしてやろう。ただし、やるからには徹底的にやらせていただく」
少しずれた眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。
「覚悟は、いいな?」
後に皐月と葉月は、その卯月の顔に鬼をみた、と語る。
入稿まで後数日。
場所を皐月の部屋から旅館の一室に移し、卯月に怒鳴られ詰られ筆を進める修羅場が続いた。
「も、もううーちゃんの助けは借りたくない……」
「そうね……次回こそよゆう入稿を目指すわよ皐月……」
入稿ボタンを押してそう呟いて事切れた皐月と葉月に、卯月は軽くため息をつく。
起きたらコーヒーでもいれてやるか、と、タオルケットを二人にかけて、卯月は部屋を後にした。