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ぶらっでぃ◆れいとしょう

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ぽたり、と滴る滴。
その鮮やかな赤は女の白い細腕を伝い、コンクリートの冷ややかな床に跡を残した。
始めの一滴を追うように滴は溢れ、広がり、ほどなくして血溜まりが生まれた。血を流し肌は色を失ったが、彼女、ルカはただ、妖艶な笑みを浮かべていた。
伸ばした腕の先、血溜まりの向こうの暗闇。窓からの月光すら照らさないそこで輝くのは、二対の赤と青の瞳だった。
カイトの瞳はどこか虚ろに、血が滴るルカの腕を見つめている。彼とアカイトの後ろ手に縛られ、首にはそれぞれ鎖付きの首輪が巻かれ、その鎖の先はルカの手の中にあった。アカイトは憎悪を隠しもせず、ルカを睨みつける。
刺さるような視線をうけてなお、ルカは小さく笑いを漏らした。

「餓えているのでしょう?血が欲しいのでしょう?さぁ、舐めなさい」
「ッ・・・!誰が、そんなことするかよ!」
「そう?」

ルカが強く鎖を引くと、餓えて衰弱していた身体はいとも簡単に引き倒された。どうにか立ち上がろうとしたアカイトの目の前に血に濡れたナイフが突き付けられる。先程、血を出すためにルカが自ら使ったものだ。
誘うように、刃に血が伝う。

「舐めればいいじゃない。私の零した血を舐めて、回復するのを待てば、私なんか簡単に殺せるんじゃないの?屈辱でしょう、首輪だなんて」
「誰が、テメェらなんかの・・!」

目の前の餌に食いつくことなく、赤い瞳はルカへの殺意を浮かべる。
抵抗する力もなく、ただ床に転がされたままのカイトは、うわごとをもらすかのように口を開いた。

「そもそも、なんで俺達を、殺さないんだ?捕まえた吸血鬼は、殺す、んだろう」
「さあ、なんででしょう。ねぇカイト、もう限界でしょ」

ルカの笑みが一層深まる。

「舐めなさい」

鎖に引きずられ、青い髪が赤黒く汚れる。血溜まりに頭が落ち、弾みで口内に潜り込んだ赤色によって、カイトの理性は吹き飛んだ。
堪え難い餓えに衝き動かされ、床に零れていた血をカイトの赤い舌が舐めとる。犬のようなその体勢では上手くできず、口元にも赤が移っていく。
ぴしゃぴしゃと血が跳ねる音にアカイトは顔をしかめる。浅ましく血を舐めるカイトを制止したかったが、突き付けられたナイフがそれを許さない。発達した牙を使うことなく床に落ちた血を舐めることは、彼らにとって屈辱的な行為だった。
人を補食するモノの矜持を打ち砕いた快感に、ルカは頬をほてらせながら食い入るようにカイトを見つめている。
ほとんどを舐めとろうかという前に、ルカが思い出したようにカイトの鎖を引き、無理矢理血溜まりから顔を上げさせる。

「カイト、アカイトの分も残しておきなさい」
「 ぁ、」

カイトの口から名残惜しそうな息がもれる。
次は自分かとアカイトが歯を食いしばると、小さな声が彼の耳に届いた。
血溜まりではなくアカイトを見ていた青は、弱々しいが、確かに意思が戻っていた。
血に汚れた唇が囁く。

「あかいと、 あかいとは、こんなことしちゃ、ぜったい、だめ だ だ から、」
「カイト・・・」
「おれの を 」

そこまで言って辛くなったのか、言葉が途切れる。それでも、彼の言いたいことは伝わっていた。
アカイトが舌打ちし、バカ、と呟けば、カイトは場違いに、照れたように笑った。

「もういいかしら」

ルカが笑いながら鎖を引く。
その直前。
突き付けられていたナイフが離れた一瞬に、アカイトが動いた。
捩った身体はカイトの元へと向かい、白い首筋に牙が突き立つ。
そのまま肉に食い込み、溢れた血をアカイトが啜る。
むず痒いようなその感覚を堪えるためにカイトは唇を噛み締めた。
飲み干して殺してしまわぬよう早々に牙を抜き、玉になる血を舐めとる。ついで、かたく閉じていたカイトの口をこじ開け、そこに滲んでいた血も残さず舐めた。
僅かながらも餓えから解放され、アカイトはニヤリと笑ってルカを見上げる。先程とは立場が逆転したかのように、彼女の顔には不快感が浮かんでいた。

「俺は、こいつがいるからお前のはいらねーや」
「・・・・吸血鬼の血を飲むことは、禁忌じゃなかったかしら?」
「ハンターに捕まる事自体が禁忌だ。考えてみりゃ今更だったな」
「だからって同族を餌にするだなんて、さすがケダモノね」
「ケダモノは同族食いなんてしねぇ。するのは人間くらいだ」
「自分が人間だとでもいいたいの?」
「一応、元、ね」

くだらない言葉の応酬に、ぶちりと耳障りな音が混じる。
腕の拘束をひきちぎり、自由になった手でアカイトは首輪を壊す。
一応、といった様子でナイフ向けるルカを一瞥し、アカイトはカイトの拘束を解く。血を失ってカイトは気を失っていた。

「そんな量だけで自由になるなんて、予想外なのだけど」
「俺もだ」
「それで、私を殺して出ていくのかしら?」
「逃げる、が、お前は殺さない」
「なぜ?あれほど殺意が篭った目で見ていたのに」
「お前がこんなことしなかったら、こいつの血なんか飲まなかったからな」

脱力したカイトを抱え上げ、月光がさす窓へと歩く。
厚いガラスをアカイトが蹴り破ると、夜の冷えた空気が血生臭い部屋に流れ込んだ。

「こいつの血は、極上だ」

それまでの屈辱など忘れたような、満足げな言葉を残して二人は夜に消えた。
残されたルカは部屋をぐるりと見回し、残念そうに呟く。

「手に入ったと思ったのに」

自ら作った血溜まりはほとんど乾き、溢れ出したころの鮮やかさは失われている。
白い腕に残った血も、すでに流れる事なく皮膚を引き攣らせるだけだ。
先に繋ぐものの無くなった鎖を床に落とす。冷え切った音がルカの鼓膜を震わせる。

「次はどうやって捕まえようかしら。手間取らせるんだから」

酷く面倒そうな声とは裏腹に、浮かぶのは狂喜に満ちた笑み。
床を這う鎖を再び手に取ると、ルカは血の臭いが消えていく部屋をあとにした。