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嘘か真か

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どうして誰も俺を愛してくれないのだろうか。
それは常に心の奥深くで渦巻いている疑問。しかしそれに対する答えもやはり常に渦巻いている。
幼いころ読んだ絵本に出てきた神父が口にした、『じぶんをあいさなければだれからもあいされることはないのですよ』。その一言が答えとなって疑問とともにぐるぐるとミックスされている。溶け合うことなく混ざり続ける疑問と解答、繰り返されるクエスチョンとアンサー。どうして誰も俺を愛してくれない?それは自分を愛せないから。どうして誰も俺を、それは自分を。
終わりの無い問答に嫌気が差す。そして苛々と適当なものを投げて適当に壁を凹ませて歩く。全く持って公害。愛されたくて駄々をこねる子供か。また苛々として舌打ちをひとつ。近くで悲鳴があがった。
平和島静雄だ、やばい逃げろ殺される、そんな悲鳴はもはや日常茶飯事。こちらには特に何も思わない。当たり前だこんな男が歩いていたら誰だって逃げると思うだけの常識は持ち合わせている。
「あれ、静雄さん?」
自分の名前をよぶ少年にしてはやや高い声。ふと視線を下げて声の主を探せば数メートル先のベンチに見慣れた制服に身を包んだ少年が座っている。買い物帰りなのか、隣には何時もいる茶髪の友人ではなくやや大きいビニール袋。その袋からは長ネギがはみ出ている。ベタだ。
毎日ファーストフードで生きている俺にしてみればそのよくある風景というかありふれた日常を謳歌するように見える彼こそが非日常だ。俺がもし葱が突き出たビニール袋提げて歩いてみろ、それだけで何人か気絶しそうだ。
ベンチに歩み寄って「おう、」と一言挨拶をする。俺にとっては普通の挨拶であるのにベンチに座ったままの少年は可笑しそうに笑った。笑うとさらに幼く見えた。特に用もなかったし竜ヶ峰も用があって声をかけたのではないようだが、なんとなくこいつと一緒にいたいなと思って、ややスペースを空けて隣に腰を下ろす。
「今日はお仕事ですか」
穏やかな声が耳をくすぐる。驚くほど柔らかく鼓膜を揺らすその声に一瞬返事を忘れてぼんやりとしてしまうが、竜ヶ峰は特に何も思わなかったようでこちらの返事を待つべく黙っている。こいつはいつもそうだ。いつだってなんだって受け入れる。やんわりと包みこんでしまう。
「・・・ああ、今は昼休憩で」
よく考えてみれば今の俺はいつものバーテン服なのだから仕事中なのは当たり前なのに、質問すらベタだ。いや、下手なのか。この少年の社交性は平凡ではなく、一般的にやや劣るのではないだろうか。俺より優れてはいるだろうけれど。
「お疲れ様です。今日はあたたかいからよかったですね」
温かいから何だというのだ。俺の仕事は変わらないしお前の学校も気温によって校舎が変わるわけでもないだろう、そんな意地の悪いことを考えてしまうのはきっとこんなにもありふれた質問をする相手が俺には今までいなかったから。トムさんやセルティと天気の話をしたことはあってもこんな風にしたことはない。まるで俺もこいつのいる平凡で平和な日常に足を突っ込んでいるような感覚がする。勿論それは気味の悪いものではなく心地よくて仕方がないものだ。竜ヶ峰の纏う平凡であり世間一般でいう普通の人間であるという空気は俺にとって憧れているものだから。
「お前は?」
本当に俺は質問が下手だなと言葉にしてから思った。人の事言えねえじゃねえか。今は火曜日の1時過ぎ、勿論祝日なんてものではないのに高校生が何故こうして池袋の街のベンチに腰かけているのか。学校はどうしたとかサボりかとか端的に聞くか冗談交じりに聞くか、どちらもできない。冗談のひとつもいえないのは大人の男としてどうかと思う、なんていつか見た映画で外国人の俳優が笑っていた。じゃあ俺はまだ子供ということか。
「今日は学校が午前中で終わりだったので買い物をしてたんです。それでちょっと疲れたので休憩してました」
にこにこと効果音が出そうなくらいの笑顔を振りまきながら竜ヶ峰が言う。自分には凡そ真似の出来ない表情が不思議に思える。どんな筋肉してんだ?
「竜ヶ峰」
「はい」
相槌も碌にうてない大人の隣に座っているにはやけに機嫌がよさそうに笑う。勿論笑顔以外の表情もきちんとできる竜ヶ峰がうらやましい。俺は別にこんな表情できなくたって構わないが、少しだけ弟にその器用な筋肉を分けてやって欲しい。
「俺のこと怖くないか」
「はい、ちっとも怖くないです」
まるで用意されていた台詞を言うように、戸惑わず淀みなく発せられた言葉に俺はとても安心する。崩れることのない笑顔、纏う空気の穏やかさ。思わず目を細めてしまう。もっときちんと見ていなければならないのに。
「俺のこと好きか」
「はい、好きです」
そういって竜ヶ峰は笑う。どうしたんですかいきなり、何か嫌なことでもあったんですか?慈しむ様に穏やかな眼差しで見つめられれば今までの焦燥はどこかに消えてゆく。そしてひとつの可能性に俺の心は狂喜するのだ。もしかしたらこいつなら俺を。
ちなみに俺の心は恐らくとても臆病だ。他人と比べる術もないし肉体的な強さだとかが先行してあまり分からないが、自分で考える限り一般的な人間よりはきっと臆病だ。
例えば、「俺を、愛してくれるか?」そう言葉にできないほどには。
神父の言葉が孤独な脳にまた響く。自分を愛さなければ―――。分かっている、けれど夢見ずにはいられないのだ。

なあ竜ヶ峰、お願いだからお前の住む日常に俺を溶かしこんでくれないか。ぽんとお前の世界に放り込んで原型なんてとどめなくて構わないから一思いにぐちゃぐちゃとかき混ぜてくれて構わない。
「俺の、傍にいてくれるか」
「はい、傍にいます」
俺はもう、嘘か真かどちらだって、構わないのだ。



作品名:嘘か真か 作家名:卵 煮子