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夢日記

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道場を覗いていたのがバレて、ぎょろっとした目の人に、あなたたちからも数百円分は頂くわよ? お豆腐にねえ乗せるとおいしいの。と言われたのでちょっと待ってください、頂くって、何をですか? と聞いたら、大丈夫よお、ちょこっと脳味噌掻きだすだけだから! そう言って女は笑った。
 まって、こないで! この世で一番鋭利な刃物手術メスを手にちょこっとだから、を繰り返す女の目が時代遅れの丸眼鏡の奥で笑っている! 私たちは三人で、ひとりは出刃包丁を持っていたけれども、穴の空いた頭蓋骨から脳味噌が掻き出される想像が止まない。来ないで、後ずさりながら上ずった声が鳴る。
 恐怖で駈け出した脚はけれど彼女を引き離すことができない。尖端が光る手術メスをその手から取りこぼさせる想像もできない。どうしてか女に向かってゆけば切り裂かれて髄を抉られるだけという確証があったので私たちは走るしかなかった。藺草のにおい、藺草の匂い、藺草の臭い。爛爛の目、帰らぬ友!
 私たちは駈けた。殺されるという恐怖に追い立てられて駈けた。女の顔が怖ろしい。どこへ逃げても矢庭に彼女の現れることが容易に察せられて怖ろしい。逃げなくてはならないが逃げても駄目だ。女を殺さなければ、私たちは永劫追われることになる。殺さなくては。殺される前に、殺さなくては。
 私は振り返った。浅黒い女の顔が見える。背が低く、白髪混じりの頭部は異様なほど丸い。彼女は確かに歩いていて、私たちは確かに駈けていたのに、距離を広げられていないことが不気味で仕方なかった。短い脚で近づいてくる。殺さなくては。私はもう一度思う。構えて、女の到るのを待った。
 決意と殆ど同時に覚醒して私は暫し茫然とする。殺さなくてはならなかった。殺すことができなかった。安堵よりも悲哀、悲哀よりも絶望、絶望よりも後悔、後悔よりも不安。そういった類の感情がにわかにこの胸に生まれた。どうしよう。私は思った。手の中にあの女を殺せなかった不安が残っていた。
作品名:夢日記 作家名:宮田