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with Pride

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――アイツは誇り高きDホイーラーだ。俺たちは、その姿を見せ付けられたじゃないか。

 昔の同僚・牛尾の肩を掴んでも、返ってくるのは低い唸り声だけだった。
 ジャック・アトラスが逮捕された。その夜丁度非番だった風馬は、自宅のテレビに飛び込んできたニュース速報に、制服を引っつかんでD・ホイールを走らせてセキュリティ本部まで来たのだ。
「……捜査は打ち切られた。上の判断だ……俺の立場じゃ、逆らえねぇくらいのな」
 ジャックと彼の友人たちと縁が深い牛尾が悔しそうに歯噛みする。牛尾はフォーチューンカップが開催されていた頃、当時の治安維持局長官に大会の中止を進言するほどの度胸を持った男だ。彼も本当は捜査を続けたいに違いない。顰められた眉が、その間に深く刻まれた皺が、それを物語っている。そして彼の上司である、ジャック・アトラスに想いを寄せる女性もまた。
「狭霧さん」
 留置所へ繋がる廊下を俯きながら歩いてきたのは狭霧御影特別捜査課長だ。足取りも表情も重い。きっとジャックに会ってきたのだろう。
「風馬捜査官……あなた、非番じゃ」
「この状況で休んでなんかいられますか」
 風馬が過去にジャックに助けられた過去を知る二人は、複雑そうに顔を見合わせる。
「風馬捜査官。この事件の捜査はもう、打ち切られたんです。私たちはもう、容疑者に事情聴取することも出来ない……これ以上調査を進めることも出来ない」
「逮捕して、たった一晩件のDホイーラー襲撃者が現れなかっただけで捜査打ち切りなんて、証拠不十分もいいところでしょう?!」
「それでもっ!」
 風馬の叫びを狭霧の悲鳴に近い声が遮る。
「……それでも……セキュリティである私にはもう、どうすることもできないの」
 か細い声だった。本当は狭霧もジャックの無実を信じている。
 当然だ。ジャックはDホイーラーを傷つけるような男ではない。シドに撃たれ、転倒した風馬の身を互いに面識もなかったというのに案じてくれ、仇を討ってくれたほどの男だ。そんな彼が無差別にDホイーラーを襲うなど、馬鹿げている。風馬は腰のデッキホルダーに手を当てる。そこにはジャックに一度貸したカードが一枚入っている。誇り高き、デーモン・カオス・キング。ジャックと交わした約束の象徴。
「風馬、お前もそう熱くなると、傷が開くぞ。病み上がりなんだから無茶するな」
 牛尾が狭霧の肩に手を添えながら、なだめるように言う。デュエルチェイサーズの一員でありながら、ジャック逮捕の件に一切関わることの出来ていなかった自分が悔しかった。
「……分かりました」
 風馬はぐっと拳を握り締める。そして。
「……狭霧さん、休暇、あと数日とってしまってもいいですか?」
「え……?」
「勤務以外で……個人的に興味を持った事件について調査するのは、個人の自由、ですよね」
 牛尾が、狭霧が、目を見開く。風馬は口元に笑みさえ浮かべていた。
「……そうね。あなたの立場なら、それもきっと許される……」
 コツリ、とヒールが床を叩く音。狭霧が一歩二歩と歩み寄り、そして――。
「……お願い……っアトラス様を、助けてあげて……」
 風馬の胸の中で嗚咽を零していく。牛尾に対して困ったように頭を掻いてみせてから、風馬は狭霧の肩を抱くと、真剣なまなざしで言い切る。
「ジャックはこんなことする男じゃない。俺たちは、それを知ってます」
 牛尾が頷く。指先で涙を拭った狭霧の瞳は、冷静な課長のそれではなく、ひとりの女のものだった。


 ――そしてまもなく鳴り響いたのは脱獄を知らせるアラーム音。けたたましいそれの間を縫って入るアナウンスが告げる、容疑者ジャック・アトラスの脱獄。Dホイールとデッキを奪っての逃走。
「……休暇なんかとる必要なくなったじゃねぇか」
 牛尾が皮肉気に笑う。事件は変わった。Dホイーラー襲撃事件の捜査は打ち切られたが、これは脱獄だ。
「“犯人”はDホイールで逃走した可能性が非常に高い……となると狭霧さん」
「ええ。……デュエルチェイサーズ、出動よ! 風馬捜査官、貴方が指揮をとって!」
「……了解!」
 風馬は敬礼し、そして廊下を駆ける。嘗て彼が自分を助けてくれたように、自分もまた彼を助けたい。――この手で、助けたいのだ。
 Dホイールに跨る。デッキをセットする。ヘルメットを被る。音声、映像共に通信状態はきわめて良好だ。アクセルを踏み込むんで、風馬はハイウェイを目指す。
 ――待っていろ、ジャック。
作品名:with Pride 作家名:110-8