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「I love you」の訳し方

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 ただ、何故か反応が無い。いつもは何か言ってきたりぼくの背中に手を回してきたりするけれど、今回はぴくりとも動かないで何もしてこない。おかしいなと思って背中に回した腕に力をこめたり、首筋に自分の頬をすり寄せたりしてみたけれど、やっぱり何も反応が無い。
 どうしたのだろう。ひょっとして今日は嫌なのかな。彼は嫌なことを嫌と言えないというよりは、嫌なことなのかそうじゃないのか、自分でもよくわかっていないという人だけども。
 首筋にすり寄せていた頭を離して、彼の赤い目を見る。
「もしかして、嫌かな?」
「……どうしてだ」
「だって、反応がないじゃないか」
 嫌なら嫌と、続けて欲しいのなら続けて欲しいといってくれ、と目で訴えてはみるものの、何も返ってこなかった。
「やっぱり嫌かな。じゃあ、やめようか」
 そう言って、くっつけていた体を離そうとすると、彼が自分の頬に手を伸ばしてきた。彼がぼくの頬に手を伸ばす理由がいまいち伝わってこないので、ぼくは彼の手が触れてない方へかくん。と首をかしげて、わからないから何か言葉が欲しいな。という合図を送ってみる。
 彼は何かが言いたくても言えないのか、口を魚みたいにぱくぱくさせている。目は泳いでいるし、眉もどんどん下がっていっている。たまに僕の頬に伸ばした手でかり、と僕の頬に爪を立ててくる。別に痛くはない、凄く弱い力だし。
 こんなにも焦る彼を見るのは多分始めてだ。珍しい。凄く珍しい。
 そしてなんだか微笑ましい。思わずそれが顔に出てしまった。
「それとも、このままがいい?」
 優しくそう言ってあげると、彼は目をぱちくりさせた後に、必死にこくこく頷いてくる。
 ああ、やっぱり抱きしめるのを続けて欲しかったのに、それが上手く口に出せなかったみたいだ。
「もしかして、言い辛かったのかな。……ぼくも同じ状況なら、ちょっと言い辛いかもな。気付いてあげられなくてごめんね」
「気にしなくていい。……言えなかったおれが悪い」
 そう上擦った声でフォローされた。この調子じゃ今は喋るだけで必死なんだろう。
「お互いの気持ちがもっとわかるようになれたらいいのにね。自分が二人居るようなものなんだしさ」
 そう、困ったように笑って言ってみた。
 彼は本当に何も言ってこないし、喜怒哀楽を初めとした感情を顔に出すことだって殆ど無い。というより彼は魔物だからまず、喜怒哀楽という人として当たり前の感情自体がちゃんと出来上がっていないので、正直それ以前の問題ではあるのだけれど。
「けど上手くいかないから、おれが伝えたいことを伝えなきゃいけない」
「無理はしなくていいんだ」
「言わなきゃわからないことは沢山ある」
「……そうだね。でも、ぼくも君の気持ちに気付いてあげられるようにするから」
 君だけが無理をする必要は無いんだ。とそっと囁いてあげると、彼がこくりと頷いた。いい子だ。そう心の中で呟いて、親が子供にそうするみたいに、彼の頭を撫でてあげる。ぼくは親がいないから、これはあくまでも本で得た知識で、本当にそうするのかはわからないけど。
 そして、もう一度彼を抱きしめる。腕の中の彼が苦しくならない程度に力を込めて、また彼の首筋に頬を摺り寄せる。今度は彼もぼくの背中に腕を回して、ぎゅっと力をこめてくれた。
 なんだか嬉しくなって、無意識のうちにくすくすという笑い声が自分の口から漏れてしまった。この嬉しさをお裾分けしてあげようと、彼の耳元で好きだよ。と囁いてあげる。
 今、彼はどんな顔をしているだろう。今の状態じゃ彼の顔は見えないから、自分で想像するしかない。彼は感情をまず表に出さないから、いつもどおりの無表情かもしれない。というより、多分そうだと思う。
 でももしかしたら、もしかするときっと、少しだけ嬉しそうな顔をしてるかもしれない。
 そうだったらいいなという願いをこめて、もう一度腕に力を込めた。
作品名:「I love you」の訳し方 作家名:高条時雨