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 扉の閉まる音がそのまま、丹さんが俺を拒絶している音に聞こえて、開きかけた口を閉じることしかできなかった。もうとうに別れてしまった人に何を言うつもりだったのかと問われると答えられないけれど、呼び止めたかった。けれど、そうはできなくて、あの頃はあの人が俺のペースに合わせていてくれたから手を伸ばせば届いたし、呼び止めようとすればその前に立ち止まってくれたから並んでいられたのだと気付かされる。離れてからの方が、どれほど大切にされていたのか分かって何だか急に申し訳ない気分になってくる。好きだと惜しみなく愛情を注ぎ込んでくれた人に同じだけ気持ちを返せなかったという後悔があるからかもしれない。俺だってあの人のことを好きでいたのに、そうとはっきり示したことなんてほとんどなかった。それでも、あの人はずっと優しかった。好きだと言えない俺に「分かってるから」と優しく髪に、耳に、首筋に触れて。あやすように頬に唇を押し付けて。
 もう付き合ってはいないのに、触れた手の温もりや優しい触り方が、まだあの人の恋人と言えたときと変わらなくて困惑した。それを、いくら眠っていたとはいえ当たり前のように受け止めていた(あるいは受け止めたいと思っていたのかもしれない)自分にも驚いたが、それ以上に、引き止めて「もっと」と言い出してしまいそうな自分が怖かった。丹さんと俺はもう何でもなくて丹さんには新しい彼女だっているのに、俺は王子と付き合っているのに、その手をとってしまいたいと、俺を受け止めて欲しいと衝動的に願った。
 酷く、胸が軋む。何でもいいから言葉を吐き出したいのに、形にならない。代わりに息を吐き出して、自分の髪に触れる。何の変哲もない、いつもと同じ触り心地なのに、ぐしゃりとかき混ぜられた感触が、触れていった丹さんの温もりが残っているような気がして胸がぐっと締め付けられる。俺は、一体どうしたいのだろうか。丹さんはどうして、あんな風に触れたのだろう。
「丹さん…」
 誰もいない部屋に、小さく名前を呼ぶ自分の声が響く。別れてからだって、普通に名前を呼ぶことはあったのに、今になってその言葉に重みを感じる。どうやって名前を呼べていたのか、分からなくなりそうだ。ああやって触れられると、分からなくなる。考えるべきではない可能性が頭に浮かんできて、慌てて振り払う。まさか。そんなはずはない。だって、丹さんには彼女が。今も俺のことが好きなわけない。けれど、でも、付き合っている頃と同じように触れられればどうしても思ってしまう。まだ、俺のことを好きでいてくれているのかもしれない、そうでなければあんな風に触るものか…そう考える心の声を、必死に理性で抑え込む。だって、俺は王子と付き合ってるから。今さら丹さんに未練があるなんて言ったら、どんな目に遭うのか。それに、俺の勘違いだったら? 俺の願望がそう見せてるだけで、触れてくる手に何の気持ちも残ってなかったら? 考えただけで背筋が冷える。
 顔を覆って、ため息を吐く。本当に今さらだ。丹さんと俺は別れて、丹さんには彼女がいて。俺に、一体何ができるっていうんだろうか。もう考えたくない。帰ってやわらかな布団に体を預けて、何もかも忘れて眠ってしまいたい。
 コンコン、と控えめなノック音がする。もう俺しかいないから来ても無駄なのに、と思いながら顔を上げると、すっと開いた扉の隙間から見知った顔がひょっこりと現れた。
「なんだ、こんなとこにいたの」
 ロッカールームに鞄は残ってるのにいないから散々探しまわっちゃったよご飯食べて帰るよね、と俺が聞いているかいないのかもお構いなしに王子はまくしたてる。そして「ご飯食べて帰るよね」という疑問文を装った語尾の上がったセリフは決して俺の意見を聞くためのものではないと知っている。この男は、こういう男だ。あくまでも俺の意見を尊重しているというポーズで、そのくせ、一切の反論や抵抗は許さないのだ。乞われて付き合ったはずなのに、これはどういうことなのだろうか。冷静に考えてみると、別れた後の落ち込んでいるときでなければ付き合おうとは思わない人種のような気がする。人の話は聞かないし、自分勝手だし、その上、平気で約束を破ったり知らなかった振りをしたりする。どうして付き合っているんだろうと自問する。
「……変な顔」
 むっとして見上げていると、そう言って王子が部屋に入ってくる。立ち上がろうとすると目線だけで制されて、一瞬、動きを止める。その間に近付いてきた王子は、俺の座っていたすぐ隣に腰掛けて頬に触れてくる。触れるというには微細すぎる感覚を残して表面を滑っていく指は、そのまま体の輪郭をたどって肩、腕、手とどんどん下りていく。
「何かあったのかい?」
 投げ出されていた手をぎゅっと握られて、至近距離で覗き込まれるとどきりとする。きれいな顔だ。心配そうに見つめてくる瞳に嘘は見えない。そう思い込まされているだけかもしれないけど、こうやって見つめられると信じたくなる。普段は大事にされないけど、俺のことをちゃんと好きで、だから付き合って欲しいと言われて付き合っているのだと。
「……誰か別の人のこと考えてるんじゃないんだろうね」
 もしそうだったらおしおきだよ、と言いながら、王子は顔を近付けてくる。反射的に目を瞑れば、ちゅ、と軽い感触があってそれから、耳元でそっと囁かれる。いい子だね、とまるでペット扱いするみたいな言葉に、閉じた目が熱くなる。どうして、そんな言葉を選べるのだろう、と。
 俺が欲しいのは、そんな言葉ではなかったのに。
作品名:GZT 作家名:あや