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ナンドモ ツブヤク その ナマエ

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「よぉ!せんせぇっ!!来てやったぜっ!!」
「はろはろ〜、センセ!!」
「ンフッ、ティーチャーちゃん、会いたかったよん♪」

「うわぁ、天十郎君に八雲君にアラタくん、久しぶり!!


…ってわけじゃないか。」



ある日の午後、懐かしい「はず」の顔がぞくぞくと集まる。
なんで「はず」かって?
普通は卒業したら滅多に会えないはずなのに、この「三人」は暇さえあればこうして職員室に顔を出すから。
この「三人」は。

「あっれ〜、チィちゃんがいなくって、M・S・K、マジ・しょげてる・カンジ??」

「んなワケねぇだろぉがよっ!コイツと千はめちゃくちゃ上手くいってんだからなっ!」
エッヘン!!と言わんばかりに胸を張る天十郎君。

「…なんでそこで天十郎君がまるで自分事かのように答えるのかな…」

「ん〜、まぁ、ふーみん、センセに会いに行こうっていっても『お前らで行け』だからねぇ」

「まぁ、千聖君とは頻繁に会ってるんだし、わざわざ学校に来なくてもね。
それに、今日だって実習でしょ?」

「う〜わぁ〜、ノロケですかねぇ、ピーちゃん??」

「だよね、やっくん☆
『頻繁に会ってる』上にぃ、『今日は実習』って彼氏の予定まで把握しちゃってる系?」

「あとよぉ、千のヤツ、今日の晩からはオメェと会う日だろ?
千に『今日の晩、お前の部屋でゲームしよーぜ』って言ったら、
『断固拒否する』、
……ってよ!!
アイツがそう言う日は、ぜってぇオメェ絡みなんでぃ!!」

「てんてん、ふーみんの真似そっくりぃ!!!あはははは!!!!!」
(もうちょっと静かにしなさいっ!と注意する真奈美の声の方が大きく、周囲の迷惑になっているのは言うまでもない)

「ま、うまくいってるならそれに越したことはないよね。
ティンカーちゃんとチィちゃんって、本当に変わらないねぇ」

「そ、そうかな」
上手くいっているのは事実なんだけど、やっぱり周囲からも「ラブラブ」だと思われるのはまんざらではない。

えへ、と照れたように頭に手を伸ばした瞬間…。

「うんうん、老夫婦然とした感じがぁ〜、
全然変わらないっぴょーん!」

「ろう…っ…!!!」
思わず、ぴきっ…と手が止まる。

「うんうん、なんか、もう全て安定しきっちゃってる系?
だって、チィちゃん、ティンカーちゃんのことを『マイ・スゥイート・ハニー』とか呼んでないでしょ?」

「あぁ〜、あと、『うさぎちゃん』とかぁ〜。」

「そんなことを呼ぶはずないでしょ、千聖くんに限って!!」

「そうだぞ!オメェらっ!!!
俺様なら、嫁には『嫁!!!』って呼ぶぜっ!!!」

なぜか天十郎君が、意味不明のガッツポーズ付きで声高らかに叫んだ。

「…呼び方からして、阿呆っぽさがダダ漏れてるね、天十郎君。」

「なんだとぉっ!?!?」

…とまぁ、こんな会話があったわけで。

確かに千聖くんはあまり饒舌な方ではないし、甘い言葉を惜しげもなく言うタイプではない。
卒業式の告白では、オーバーなほど、思い出すだけで頬が赤く染まるほど、甘い言葉のオンパレードだったけれども、
あれだって「一世一代の告白」の熱に浮かされていたわけであって、
普段はごくごく普通の会話であって、
そりゃ、時々、殺し文句のような事を言われたってそれは千聖君の無意識から出た言葉であって、
意識して甘い言葉を発するというわけではなくって…。

その代わり一言一言が誠実で、温かくて、心の隙間を埋めていくような優しさがあって…。

そんな千聖君に限って、アラタ君みたいに「お花ちゃん」だとか「マイスイートなんとか」だとか言葉は出るわけがない。
それに冗談ぽくとしてでも「嫁」だとか「うさぎちゃん」だとか言葉も出るわけがない。

欲しいとは思わない、思わない…けど…。

「どうした?真奈美。
ぼーっとして。」

さっきから虚ろな様子で鍋をかきまぜる様子を訝しがって、
千聖君が背後から私の顔を覗き込んだ。

自分より27センチ背の高い彼を見上げ、彼の目を確実に捉る。

千聖くんから呼ばれたことがあるのは「アンタ」「お前」「おんし」「先生」…そして…「真奈美」…。
私は「不破君」「千聖君」としか呼んだことがない。

なら…。



「チィちゃん」



突然言われた普段と違う呼び名に、千聖君は一瞬、ぐっ、と言葉に詰まり、そして
「な、ななななな何だ、急に!!!」
顔を真っ赤にして、声を荒げる。

料理は一旦中止。私が思う以上にパニックになる恋人に、事のあらましを説明する。

「…アイツ等のそんな言葉を真に受けてたのか…」
ふぅ、とため息をつきながら、さも面倒そうに言う。

「お互いたまには違う呼び方も面白いかな〜って思っただけだよ」

「そんなもんか?」

「そんなもん、だよ」

「……」
千聖君は腕を組みかえる。

「だって天十郎君は『千聖』の『千(せん)』を取ってるし、沙耶香さんからは『チィちゃん』でしょ?
たまには倣ってみても面白いかも、って」

「お前は相変わらず、変なことを考える奴だ」

「(むぅ…)
それに『ちゃん』付けは可愛いでしょ。
なんか初々しい感じがするし」

「お前もそう呼ばれたいのか?」

くっと眉間に寄せられた皺を見て、ちょっとだけ胸に芽生える「困った顔が見たい」キモチ。
照れる顔、戸惑う顔は完全に「年下」のそれだ。

「うん」

「そうか…ならば…。」

胡坐から正座に座りなおし、向き直る千聖君。
開き気味の腿の上に、拳を置き…

そして…



「っま…まな…、み、ちゃ…」



…言うの?



千聖君、言うのっ!?!?



千聖君の口から聞ける、「今までと違う呼び名」―。



「…




…っっっっいかんっ!!!!」



「ほがなこと言えるわけないろ!!!」



えええぇぇぇえぇえぇぇぇぇぇぇ!?!?!?!?!?!?!



「恥ずかしゅうてまっこと言えるわけないにきまっちゅう!!!
ほがな…ほがなこ…%※々¥〆♀∀≪§℃☆#▽」

「ちょっ…!!!そんなに混乱するほど恥ずかしいこと!?!?」

なんかこっちまで真っ赤になってきたんだけど、どうしよう…。

向かい合って、床をバンバン叩く勢いで照れまくる私たちをよそに、火を消し忘れていたお鍋が噴きこぼれる。
ごぷっ、と湯気と音を立ててコンロに流れる噴きこぼれへと目を遣った後に見た、手で口を覆う千聖くんの、赤い耳朶。

「あれだけ卒業式の時に恥ずかしいことを言ってたのに!!
あれだけ多くの人の前でキスしてきたのに!!!
なんだかズルイよ(!?)千聖君っっっっ!!!!」

「なにが『ズルイ』だ!!!!
あれくらい何ともないだろう!!!」



久々に聖帝在学中の様なノリで、ぎゃいぎゃい言い合う。
どこか懐かしさの溢れるやり取りをしながら、頭の片隅で思ったこと。

―――やっぱり、私には千聖くんの「恥ずかしさの基準」って分からないみたい。




〜END〜