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どうか私を忘れて下さい。

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「ねえ、ギルベルト」

 真白いワンピースをなびかせ、彼女はふわりと笑う。初めて出会った時は少女とも呼べるほど幼い姿をしていたのに、ふっくらとしていた四肢はすらりと伸びて、少女とは呼び様もないほどに彼女は美しくなった。
 どんどん美しくなっていく彼女が嬉しかった。どんなのが好き? とこちらの好みを気にして、少しでも理想に近づこうとする彼女が愛おしかった。もちろんどんな彼女だって好きだと思っていたし、ただ、同じ時を過ごしているだけで途方もなく胸が満たされた。

 いつからだろうか。こちらを見て笑う彼女の微笑みに、翳りが見え始めたのは。
 
 最初は気のせいだと思っていた。いや、思いたかったのか。時々こちらを見つめる瞳が酷く眩しそうで、どこか遠い目をしていた。
 どうしたのかと、問いかけるのが怖かった。問いかけたら最後、一番聞きたくない言葉を言われるような気がして。

「あなた、私がいなくなったらどうする?」

 声はでなかった。そんなこちらを見て彼女は困ったように笑って、風に流れる髪を指先で遊ばせていた。

「いなく、なったらって」
「そのままの意味。もし私が死んだら、あなたはどうしてるかなぁ、って。泣き虫だからやっぱり泣いちゃうかしら? それとも、そういう時って案外泣かないタイプ?」

 今まではどうだったのかしら、と笑う彼女の顔がどこか遠い。そこにいるのに、触れられないほど遠く感じる。

「……そういう話、止めてくれ」
「どうして? いつかは来る時の話でしょ? 50年先ならいいけど、もしかしたら明日の話かもしれない」

 だって、私は人間だもの。ふわりと笑った彼女は歩いてこちらへ近づいてくる。ゆっくり、ゆっくり、一歩ずつ。その度に胸に小さなとげが刺さっている気がして、ギルベルトは己の手を握りしめる。

「私はどう頑張ったってあなたを置いて行ってしまう。本当はずっとわかってたのにね。でも、大人にならなきゃわからなかった。昔はね、ずーっとずっと、一緒に居られるなんて思い込んでたのよ」

 馬鹿みたいでしょう。自分の話なのにどこか遠い誰かの話のように彼女は笑って、ギルベルトの隣に並ぶ。隣に居るのに、ひどく遠くで離しているように、どこか現実味がない。いや、己が信じたくないだけなのだというのは、ギルベルトにもわかっている。
 わかっていて、受け入れたくないのだ。もう二度と会うことのなくなってしまった人々と、々瞳をしていることに気が付いてしまったから。

「私は人で、あなたは国。ずーっと一緒なんて、無理な話なのにね」
「っ……俺、は!」
「ギル」

 何もいわないで。悲しそうに彼女が笑って、気休めの言葉すら言えずギルベルトは口を閉じた。

「ねえギル。あなたはきっと泣かないわね。だって、お別れなんて慣れっこだもの。泣きたくても、きっと泣けないのね。涙を隠すことになれちゃったから」

 こーんなに泣き虫なのに。触れられた目頭は熱く、このまま泣いてしまえたらどれだけ楽だろうとギルベルトは思う。
 泣いて、行くなと、そんな先の話はするなと、子どものように縋り付いてしまえたら。

「だからね、ギルベルト。私が死んだら、あなたは私を忘れて? 綺麗さっぱり、全部。会ったことも、話したことも、私があなたを好きだったことも、あなたが私を愛してくれたことも」
「どう、して」
「だってあなた、何でもかんでもひとりで抱え込んじゃうじゃない。いくら国でも抱えきれなくなっちゃうわ」

 泣けないなら尚更ね、と笑った彼女は頬に口付けて、凍り付いたように立ち尽くすしかできないギルベルトの体を抱きしめる。

「だから全部忘れて。あなたが悲しむくらいなら、私は最初からいなかったことになってもいいの。ギルベルト、私はあなたの重荷になるためにあなたを愛したわけじゃないから」
「忘れられるわけ、ないだろ! なんで、どうやって、お前のこと忘れろって言うんだ!」
「それはあなたが考えてよ。たぶんまだ時間はあるから、その間に」

 くすくすと笑う彼女にからかわれているのではないかとさえギルベルトは考えた。けれど、嘘を言うような人でないことはギルベルトが一番良く知っている。
 悪い冗談なら、良かったのだ。けれど己が国である以上、そして、彼女が人である以上、いつか訪れる未来だと言うことは知っている。
 知っていて、恋をした。彼女を求めた。いつか胸を刺す痛みさえ覚悟していたはずだった。
 結局は、はずでしかなかったことをこうして思い知らされている。
 震える腕で、ぎゅっと彼女を抱きしめる。伝わる体温が愛おしく、けれど、ひどく遠い。

「全部忘れてね、ギルベルト。死んだらあなたを解放してあげる。だけどそれまではずっと、私だけのものでいてね」

 酷い女でしょう? 笑う彼女をただ抱きしめ続けることしか、ギルベルトは術を知らなかった。