Last Waltz
不意に、その時期を悟る。
ああ、時が来たのだ、と。
“―兄貴”
「―に、」
そこにいるはずの兄に声を掛け、愕然とする。
ああ、もう声もろくに出やしない。
「―――?」
なにか、音が聞こえる。
恐らく兄が自分を呼んでいるのだろう。
きっと振り向いただろう。
だから、問いたいことを問えばいい。
(…なあ)
(あんたは知ってるんだろう?兄貴)
(“あいつ”の、“本当の名前”)
思って、気付いた。
もうろくに声も出ないのに、何を問おうというのだ。
(ああ。)
(無様だな)
―逝く間際、惚れた女の名前を呼ぶことすら満足に出来やしない。
ああ、けれど、それこそ分相応だ。
俺は、そいつの名前を呼んだことなんて無かったし、
そいつだって、俺の“名前”を呼んだことは無かった。
ああそういえば、愚かにも、満足げな顔をして逝った男がいたと、それを不意に思い出す。
なんてどうしようもないと、そのときは思ったけれど。
今なら解らないでもない。
そうだな、いっそ笑ってしまう。
最後まで、踊ってやろうじゃないか、造物主。
俺はもう、存分に、あんたの掌の上で足掻いてやったさ。
目標としていた時は超えた。
ならば、俺が、今、それを迎えることにもう後悔なんてない。
けれど最後まで足掻いて見せよう。
それが、何かの思惑のままであったとしても。
その時にすら、絶望を抱かず、笑って終わりを迎えて見せるさ。
案外、満足して逝けそうだ。
…感謝するよ。
―笑顔の一つも、思い出して逝ければ、分相応にもまだ上等だろう?
作品名:Last Waltz 作家名:伊藤トメ