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炭のケーキ、君の

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「君が今日俺のところに来ないというなら、君の大事な沙樹や帝人くんがどうなるか、わかるだろう?ねえ、友達思いの紀田くん」
「めんどくせぇこと言わなくても行きますよ」

べらべらべらべら流れる言葉に短く答えて、電話を切る。切らなければ言葉の洪水は止まらない。
今日は正臣の誕生日だった。コンビニのバイトは休み。なのに同居する恋人、沙樹は「わたしはいいから臨也さんと過ごしてね」とかわけのわからないことを言った。根回しっていってもほどがあると思う。
それからもなぜか30分に一度くらいのペースで「絶対来るように」「来なかったら分かるね」とかいうメールが入っていたのだが2時間前からなぜか急に一通も来なくなった。不思議に思いつつ見慣れたエレベーターに乗り込んだ。

部屋の前のチャイムを鳴らしても反応はない。出かけていることもあるので勝手に入っていいからと言われて渡された合鍵を使った。こう言うと普段はドアを開けてくれるようだが、実際はそんなことはない。そういう事態は鍵を渡す時に話の流れとして言われただけで、起きてたってなんだって臨也が正臣のためにドアを開けることはまずない。さすがに合鍵を使ってドアを開けたすぐ目の前、玄関に座り込んで臨也が本を読んでいたときはそのままドアを閉めて帰ったが、そのくらいの扱いである。だからドアが開かないくらい、正臣もいちいち腹を立てることもなかった。

家の中は静かだ。いや、波江は今日は休みの日かもしれないが、ちょっと静かすぎる気がする。仕事場に臨也の姿はなかった。その前に部屋全体が暗い。でかけているのだろうか、とも思ったが一応呼ばれた手前、ノックして寝室をのぞいた。

「臨也さん」

臨也はベッドに丸くなっていた。寝ているわけではなかったらしいが布団には包まっている。声をかけると、非常に機嫌の悪そうな光を持った赤い目で正臣をチラリと見ると、すぐに他の方向を向いた。
臨也は布団が好きだ。人も好きだが多分布団も愛している。でなければあんなに高いものを惜しみなく買うのはいくら金があってもおかしい。そして仕事柄、眠るのは非常に不規則だ。だが、今は眠っているわけではない。背を向けているその繭を見ると、わかりたくはなかったが正臣にはわかった。これは拗ねているのだ、と。元々面倒な性格なのは百も承知だが、完全にめんどくさい存在になっている。

「・・・何しにきたんだい紀田くん」
「あんたが呼んだんでしょ」
「呼ぶのは俺の自由、来るのは君の勝手だ。残念ながら此処に君の望むような幸せな誕生日はないよ、さっさと帰って沙樹と不健全で不毛な行為にでも励んだらどうだい、まったく如何わしいし嘆かわしいね」
「如何わしいとかあんたにだけは言われたくないんですけど、何拗ねてるんですか」
「拗ねてなんかないよ」

言いながら臨也は布団に包まりなおした。その姿に正臣は大体のことの予想がついた。臨也はまた家事に手を出したのだ。あんなに苦手なのに。元々自分の弱みはできるだけ見せたくない、プライドの固まりのような存在だ。なら最初からやらなきゃいいと思うのだが、大半のことが器用にできるせいで数ヶ月に一度、「家事もできるかも」という妄想に捕りつかれるらしかった。まったく迷惑極まりない話だ。機嫌を悪くするのは臨也、処理するのは正臣である。

階段を降りていくと案の定台所はひどい有様だった。散乱と言うのが一番近い。なまじ新しいところが惨状をより効果的に見せている。
正臣はこれと同じ状況を作り出せる人間をもうひとり知っていた。ひとりしか知らないとも言える。同居している沙樹である。沙樹の天才的な家事レベルの低さを見たときは呆然として目の前が真っ白になった。これは漫画だ。そう三回心で唱えたが何も変わりはしなかった。次から次へと状態が悪くなっていく。初めて家事をしたときでさえ、正臣はそこまではひどくなかったと思う。
臨也は沙樹と同じだった。どちらがどちらに似たのかわからないし、何故頭がいいのにこんなことになるのか未だに正臣にはわからない。才能がないのではなく、逆に違う才能があるんじゃないかと疑ってしまう。
現に今の惨状を作り出せ、といわれたなら正臣は「こんなにうまくできません」というだろう。
大体あの黒いのはなんだろう。なんで片すことを視野に入れながらやらないんだろう。
そう思っているうちに後ろに臨也の気配がした。

「俺だってちゃんとやろうとしたし、本も見ながらやったし」
「・・・はぁ」
「とにかく謝る気はないよ。俺はなんにも悪いことはしていない」

開き直るんじゃねーよ、子供か。舌打ちしたい気持ちで「これを俺が片すのか」と正臣は諦め気味に考える。臨也の秘書の波江は今日はいないが優秀だ、だがこういった本来の仕事と無関係な件でかつ弟と関係ないことを手伝ってくれる確率は0を越えマイナスである。
臨也に手伝わせるなど、考えただけで寒気がする。殺人犯が血痕を消す為にふすまを血のついたタオルで拭いている光景を思い出してしまう。

「片してくれなくてもいいよ。ケーキは俺が捨てればいいんでしょ。バイバイ、紀田くん」

ケーキだったのか。正臣は台所の中央に鎮座した真っ黒な物体に目線をやる。おそらくブラウニーだからこういう色というわけではないのだろう。

「ケーキ、作ってくれたんですか」
「食べてくれなくていいよ。別にいいし。あんなだし」
「・・・いえ、ありがたくいただきますよ」

めんどくさいなあこの人は、と思いつつこういうときの臨也は本当は少しかわいく見えてしまう。垣間見えるつたなさのせいなのか、自分の為にケーキを作ろうとしたなどというものすごくらしくないことのせいなのかはわからないけれど。
そんな自分は末期だ。病気だ。おかしい。脳内でいろいろ否定する言葉を重ねながら、正臣はその黒い物体に手を伸ばした。
ガシャッという音がした。歯の当たった音だ。明らかに「食べ物に」あたった音ではない。口の中がザラザラするのは多分気のせいではない。
飲み込む。味わってはいけない。焦げたものが発ガン性物質を含んでいるというのは本当の事らしいが、大量に毎日摂取しなければ大丈夫だとテレビでやっていた。知っていてもこの口の中の惨状がどうにかなるわけではないのだが。

「・・・紀田くん」

珍しく臨也が驚いたような顔で見る。

「体の中に入れたものがどうなるか知っているのかい?」

臨也は生理的にやや涙目になった正臣に近づいて、頬に手を掛ける。

「出しますよ、体に悪い」
「その前に、血や肉になっちゃうのに、君は馬鹿だ」

もっと、体に悪い。そういう前に唇が重ねられた。最悪のプレゼントだ。
真っ黒で苦いだけで美味しくなんて全然ない。ケーキの残骸が何かに似ていると思ったら臨也の愛し方だった。迷惑で消化不良で厨ニ病。色や味なんかもそっくりだ。案の定ひとくちだけで口の周りが黒く汚れた。
それでも、正臣は自分で手を伸ばしてそれを食べたのをわかっている。そして自分が彼を拒まない事も。
随分前に血と肉は毒されているようだ。

――ああ、苦くて、美味しくない。

<終>

作品名:炭のケーキ、君の 作家名:裏壱