風の吹く先
仙蔵が体中からゆらりと立ち上げているあれは怒りだな、と長次は本に視線を留めたまま目の端に入る背中をそう判断する。
木々で見えない向こう側でなにやら騒動があったから、彼の気に障ることがあったのだろう。何れにせよ、精神修養も鍛錬の一つだとそのまま頁をめくる。
忍術学園は珍しく静かな授業中で、長次は膝を揃えて背筋を伸ばして、左に刀を置いている。読んでいた情景と同じように、さらさらと木々の葉を揺らす風の音に自然、体をひたしていたら、仙蔵の傍らに荒々しい気配が増えた。それでも体は動かさず目線だけそちらに遣るといつも煩いほどに足音を立てる文次郎が仙蔵の肩をつかんでいた。その手の甲は傷だらけで大きく、体より先に大人になっているようだと思った。
一言、二言呟くように話しているうちにするすると仙蔵がまとっていた怒りの気配が散消していった。言葉を持たない文次郎がどうやって仙蔵をいなしたのか、長次は興味をもって顔を上げる。
——あぁ私は…。
風に揺れる紫の髪、それを覆う傷だらけの手。
たまごといえども、忍者のはしくれ。
ただ本を読むときでさえ気配を消していた自分を、あの二人は気付いていないのだ。
眉目秀麗な作法委員長が、学園一プロ忍者に近い会計委員長が、気付かない。
それほどの、瞬間。
「私は見るべきでは無かったのだ」
長次はそう呟いて膝の上に開いていた本に目を落とす。でも、もう何も頭に入らなかった。