ディアマイシスター
「そうだね。でもその前に一ついいかな姉さん。その後ろ手に隠したものはなに?」
「怪しいものじゃないですよ。単なる髪飾りです。駅前のお店で買ったんですけど、値段のわりにはなかなか可愛いでしょう?」
「へぇそうよかったね。姉さんに似合いそうだね」
「何言ってるんですか。付けるのはあなたですよ?」
「あっはっはっは。冗談キツイよ姉さん」
「うふふふふふ。僕が今までそんな性質の悪い冗談を言ったことがありますか?臨也さん」
「両手の指に余るくらいにはね。ていうかさ、性質が悪いってことを自覚してるんならやめようよ」
「この赤いラインストーンとか臨也さんにぴったりですよね」
「姉さん、端から俺の話なんて聞く気ないだろ」
臨也がげんなりとした顔で一言ツッコミを入れると、それまでニコニコと髪飾り片手に立っていた帝人が、急によよよよ、とわざとらしく泣く真似をしながら床に崩れ落ちた。
「せっかくあなたのためにと買ってきたのに…」
「要らないお世話だから。頼んでもないし」
「小さいころからひねくれ者でほんっと可愛げのないクソガキでしたけど、それでも今よりは幼さゆえのお馬鹿さがあった分、まだマシだったのに…」
「それ一つも誉めてないよね。フォローとか一切ないの?」
「お姉ちゃんは悲しいです」
「俺も姉さんがこんな残念な人になっちゃって悲しいよ」
「悲しくて悲しくて…もうたまりません。姉さんは悲しみのあまり思わず手が滑って小さいころの臨也さんの女装写真を登録者全員に一斉送信してしまいそうです」
「ぶっ!!」
思わず噴き出してしまったコーヒーを手の甲で拭いながら、臨也は姉をきっ、と鋭く睨みつけた。それなりに迫力はある筈だが、慣れ切ってしまっている帝人は眉一つ動かさない。
「全部この世から抹消したと思ってたのに...!まだあったのそれ!?」
「当り前じゃないですか。あなたごときがこの僕を出し抜けるとでも思ったんですか?」
ふふんっ、と見下したように笑う帝人が手にする携帯の画面に映っているのは、臨也がこの世で一番抹消したい黒歴史そのものだった。
「昔から顔だけは良かったから女装させるのがほんと楽しくて仕方が無くて!これなんかお気に入りなんですよ。可愛いでしょ?猫耳カチューシャ」
「猫耳!?なにそれ俺知らないよ!?」
「当り前じゃないですかコラですもんこれ」
「勝手に人の写真使ってなにしてくれてんの!?肖像権の侵害で訴えるよ!?」
「これだけはどれだけ頼んでも着けてくれなかったんですよねー。涙目で首を横に振る臨也さんも可愛かったなぁ。だからミニスカートだけ着せて、後で猫耳だけパソコン使って合成したんです。あ、もちろんこっちは合成じゃありませんよ?ゴスロリ臨也さん。懐かしいなぁ。このヘッドドレス、わざわざ夜なべまでして作った自信作なんですよねー」
「なんか姉さん顔色悪いなぁって思ってたらそれか!ていうかその熱意を他に向けろよ!どんだけ俺で遊びたいの姉さん!」
「美形の弟なんて姉からしたら恰好のおもちゃでしかありませんよ?」
「なんでこんなのの弟に生まれてきちゃったんだろうなぁ俺!」
怒涛のツッコミに疲れ果て、臨也はぐったりとソファの背もたれに身体を預けた。
それを見ても、帝人はのほほんとした微笑を浮かべたままだ。そしてその手の中には、真っ赤なラインストーンの付いた細いヘアピン。猫耳の衝撃があまりにも強すぎて臨也は半ば忘れかけていたが、思い返せば元凶はこれだった。
「慣れないツッコミなんてするからですよ臨也さん」
「…相手が姉さんじゃなかったら今頃ナイフぶん投げてるよ…」
「で、これ付けるんですか?付けないんですか?」
「…付けなかったら?」
「静雄さんと新羅さんとセルティさんと正臣と園原さんに、猫耳とゴスロリを含む五枚組セットをポスターサイズに引き伸ばして送りつけてみようと思います」
「付けます」
「聞き分けの良い子で助かります」
さらに笑みを深くした姉を前に、臨也はがっくりと項垂れた。