こんな夢をみた
重たい瞼をゆっくりと開けると、外はもうすっかり陽が暮れたのか、濃紺の闇に、やたらと目がちらちらするほどに強く星が光っている。ここは、こんなに星が良く見えるのか、と、思って子供のように思い切り車窓から顔を出して、外を見る。
気が付けば、窓の外、うっすら見える光のラインを区切りとして、上半分はそんな珍しいほどの星空だが、下半分は、つるり、とろりと平らに凪いで星明りをそのまま映している漆黒の海なのだった。
あの島の海も、穏やかに凪いでいた。と思う。
車内に首を引っ込めると、何故今まで気が付かなかったのか、向かいに、それ自体発光する存在であるかのように、外の星明りがほの白く凝ったような姿があった。
白いシャツ、生成りのスラックス、いつも通りの、あの姿で。
「吉村」
細い顎に指先を当てて、軽く肘を窓の縁にかけて、頬杖をついた形の男が、自分の名前を呼ぶ。 いつの頃からか、名を呼ばれると、泣きたいほどの痛みと、歓喜とが綯い交ぜになって沸き起こるあの声。
「笹川、あんた、一緒に来たんだっけ?」
「忘れたの?」
そういわれれば、何かを忘れた気もするのだが。
どこか、ギリギリと油の切れたロボットのような動きになっているような自分を意識しながら、きちんと笹川の正面に座りなおした。笹川は、やはり少し彫像めいたポーズで動かない。だが穏やかに笑んでいる。
ゆったりとしたシャツが、ベルベット紛いの座席シートの濃いブルーの海にふわりと落ちたようにくっきりと白い。
何かに操られるように、あたかも100年前から用意されていたような台詞を、口にする。
「ずっと一緒にいこうな?」
笹川が微笑む。謎めいた微笑。永遠とも思える時を刻んだ古代の像が微笑むのならば、こんな形を取るのではないか、と思うような。
「ええ」
短く、だが紛れもなく肯定の言葉が帰るのを聞いたとたんに、なんだか安堵のあまり力が抜けて、窓枠にだらりともたれかかり、気が抜け切った声で呟いた。
「じゃ、ついたら起して」
目を閉じる。胸が、じわりと暖かく、唇に薄い笑みが浮かぶのが解る。
どれくらいの間だったのか、約束どおりゆっくりと揺するようにして、起してくれたのは、だが本来の同行者であったはずの真田だった。
気が付けば、外は夏に近い日差しがさんさんと照っていて、湿り気を含んだ潮風が快く頬に当る。
「ママ、もうすぐよ」
「え、ええ」
かすかな失望と、やっと地に足のついた感覚による安堵感が綯い交ぜになったまま、何事もなかったかのように返事をする。
ふと、真田のもつ白いシャツに目が行った。
「そんなの、もってた?真田ちゃん」
「そこの椅子に、気が付いたらあったわ」
小首をかしげて、今、丁度何故かと考えていたところらしい。
「誰か、お客が網棚に忘れて行ったのが落ちてきたんじゃないかしら。」
そう、と短く答えて手を差し出す。
真田が疑問にも思わず手渡してきたさらりとした麻の生地は、かすかに誰かの残り香を伝えているようでもあり、銀河の水のように、陽に照らされた途端に、陽炎に溶けて消えてしまいそうにも見えた。