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羊は一匹。

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静かに静かに、柔らかく落ちる温かさ。
それは楽園などではなく。


「ヴェーーーーーーーーーーーストゥっ!!」
「ぐふっ」
聞き慣れすぎた声が耳に届いた瞬間に身構えなかったことを、腹への衝撃とともにドイツは後悔した。
後悔すると同時に反射的に手が動く。肩を持ち、足を掛けて背を返しベッドから床へ落とす。その間3秒。
「いでっ」
鈍い音がする。頭を打っただろうか。自ら仕掛けたのならカウンターに備えて受け身ぐらいは取って欲しいものだと思う。
「いきなり何すんだよヴェスむぐっ」
「その問いの前に、この部屋に入ってからの自分の行動理由について俺が納得のいく回答を100字以内5秒未満で述べろ」
「……ひゅみまひぇん」
答えになっていない。プロイセンの顎を掴んでいた片手を離す。
「いってー…愛のスキンシップを図ろうとわざわざやって来た兄を投げ飛ばすなよな…」
「スキンシップのために人の腹にダイブする奴があるか」
「そこはお前、あれだ、弟の筋力維持への貢献にだな」
「兄の筋力増強の貢献に、同じことをしてやってもいいんだぞ」
「えっ」
「……なんだその顔は」
「ヴェスト…、お前、お前自ら俺に抱きつくって言ってくれるなんてぐぇっ」
「帰れ」
正直な所、今兄に構ってやれる余裕はドイツには無かった。今日は内政に関する会議の所為か、随分と神経を使ったような気がする。疲労で体が重い。早く眠ってしまいたかった。
兄には悪いが、すぐにでも部屋にお帰り願って布団に潜り込みたい。
そう思って顔を上げると、兄がにやにやと笑っている。改めて見てもなんとも腹立たしい笑い方だ。
「……まだ何かあるのか」
「いやな、日本から今話題の安眠グッズとかいうのを貰ったんで、お疲れ気味の弟様に献上しようかと思ってよ」
「日本が?」
東の友人が、偶に妙な健康器具を開発していることは話に聞いていたし、昔からの付き合いもあってよく兄にそれらを送ってくることも知っていた。
殆どが好意によるものなのだろうが、稀にそれ以外の目的が含まれている場合もある。今回はどちらか。
「で、その安眠グッズとやらは?」
「おぉ、これだぜ!」
じゃーん、と言いながらプロイセンが差しだしたのは、一見ただの白いかたまりのようなものだった。
よく見ると、その白の端から頭のようなものと足のようなものが見える。
「健康第一!規則正しく羊でおやすみ枕!」
「……それが商品名か」
「さあ?手紙にはそう書いてたぜ」
成程、確かに頭のようなものの付け根に丸い角と小さな耳が生えているようだ。要するに羊のぬいぐるみなのだが、毛皮の部分が広く作られており、枕としても使えそうではある。
しかし、こんなものを男二人の家に送ってくる日本の考えが、ドイツにはまるで理解できなかった。
短くない付き合いではあるが、彼のことは未だによくわからない。
「それを、一体どうしろと言うんだ?」
まさか、抱き抱えて寝ろとでも言うのだろうか。
訝しげに兄を見返すと、にやりと口元が持ち上げられた。
「こうするんだ、よっ!」
「なっ……?!」
急に視界が遮られ、抵抗する間もなくベッドに押し倒された。
目の前の邪魔な物体をどけようと顔の前に手を置く。ふわふわとした手触りが現状と実に不吊り合いだった。
指先に別な体温が触れる。
咄嗟に手を引くと、今度は正面からぐりぐりと押しつけられ、呼吸が苦しくなる。
伸びてきた手を思い切り握り締め、逆の手で障害物を取り除く。
「っ、はぁっ」
「いでででででで」
「何をするんだ兄さん!」
「悪かった!悪かったから離せって!」
「欠片も反省していないだろう」
「してる!してます!流石にやりすぎました!」
じっとりと向かい側の相手を睨み付け、止めに再度力を込めて握り、手を離した。
考えるまでもなく、押し当てられていたのは先ほどの羊のぬいぐるみで、それを挟んだ向こう側になぜか兄まで寝転がっていた。
「……どういうつもりなんだ?」
「そりゃ、弟の安眠を促進してやろうってつもりに決まってんだろ。羊に俺様!完璧だな!」
「意味がわからん」
プロイセンはケセセと笑い、さも当然のようにドイツのベッドに潜り込んでいる。
つい自分も横にずれてしまうなどどうかしている、とドイツは思う。
ほら、と羊を胸の辺りに差し出される。受け取ってしまってからはっと気付く。
「もふもふの羊とお兄様を抱いて寝りゃ、安眠確実だろ?」
「何を馬鹿なことを……」
白いかたまりを見下ろす。
羊には顔が書いてあった。何とも呑気な顔だ。安眠させるというよりも、自分が安眠しているような表情だった。
だが確かに、適度な弾力があってもふもふとした肌触りは心地良いものではある。
少なくとも、安眠が阻害されるといったことはなさそうだった。
その向こうの人肌はどうか。
「まあ……今回だけなら……」
「ははっ、お前ほんと可愛いもん好きだよなー」
「う、うるさい!別に兄さんは出て行ってくれても構わないのだが?」
「あ、ひでーな!折角お前が魘されねぇようにと思って来てやったってのによー」
「何……っ」
「疲れてんならつべこべ言わず、お兄様に甘えとけって、な!」
「……寝かせたいなら黙ってくれないか……」
自覚は無い。だが、残念なことにそうらしかった。
いつまで子ども扱いされれば気が済むのか。
しかし今回ばかりは、そろそろ眠気の方が限界だった。
「……今日、だけ、だからな」
「はいはい、さっさと寝ろって」
「そ、そんなに近づく必要はないだろう」
「いいからいいから」
「狭いんだが……」
「だからくっつくんだろ?」
「…………」
「ヴェースト」
「……なんだ」
「おやすみ」
「……おやすみ、兄さん」
睡魔には敵わない。
ドイツはそう結論付けた。
白いかたまりの中にうずめた手の甲に、別の掌が重ねられる。
払い除けることはしなかった。

(明日の朝は、少し長く眠っていても、許されるだろうか)


2010.07.25
商品提供:祖国
作品名:羊は一匹。 作家名:蒼矢