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コロイド(白正)

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「あ、正一チャン見て。天使の梯子」

 哀れな子羊に道を指し示すかのように、慈悲溢れる指遣いで白蘭は窓の外を指差した。
 上司である彼に荷物を持たせる訳にはいかない。部下として至極当然の流れで白蘭の代わりに荷物を持っていた正一は、その指差す先を首だけ動かす形で認めた。
 この都市であらゆる意味で天国に一番近い超高層ビル。その窓から見える景色は空ばかりだ。分厚い雲が空を覆う中で、白蘭の指す一点だけは異なっていた。
「……ああ、薄明光線ですか」
 感情の篭っていない声で正一は返す。
 雲の切れ目から光が差し込み、天から地上も光の柱が貫いている。正一は気象現象の一つにそこまで動かされる心は持ち合わせていなかった。
 正一は特にこれといった感想を持ち合わせなかったが、白蘭は違うのだろう。そうでなければ、わざわざ立ち止まって窓の外を指し示すことはない。
 案の定、正一の淡泊な反応に白蘭は分かりやすく顔を顰めた。
「正チャン夢がなーい」
 こちらを一方的に非難するような口調の白蘭に、今度は正一が顔を顰めた。
 非難するだけなら未だしも、彼の口調には呆れも多分に含まれていてこちらの気分を降下させる要素しかない。
「仮にも世界を手に入れる人が、夢ばかり見ている方が心配です」
 溜息に少量の皮肉を混ぜて返せば、白蘭はからからと笑うばかりだ。
 こちらが何を言っても彼は笑うのだろう。何がそんなに愉快だというのか。過ぎた笑い上戸は時に人に不快感しか与えないというのに。
 何もかも見通しそうな切れ長の瞳がじっと窓の外を見る。
 その目に映るのは、未来ではなく幻想的な気象現象だ。
「夢なんか見てないよ」
「はあ」
「夢を見るには夢を捨てなくちゃならない。大きな夢を見るために小さな夢を捨てなくちゃならない」
 その光自体は些細なもので、それほど眩しいものではない。
 しかし雲の切れ間から覗く薄い光の柱に、白蘭は少し目を細めた。
 一度は見るのを止めた正一も追うように窓の外を見る。
 柱は掠れる気配を見せない。
「だから、こういう綺麗なものは現が夢になってくれた気がして気分がいいよね。世界が少しまともに思えるよ」
 正一は白蘭の言い分に同意しかねた。
 白蘭自身も正一に同意を求めない。視線をこちらに寄越すどころか、真っ直ぐに天使の梯子とやらを見つめている。
 正一はその横顔を見て思わず口を開いていた。
「あの光の柱は、微細な粒子が空気中に分散し、散乱した太陽光が柱になって見えてるんですよ」
 さらりと滑り落ちた言葉に、正一は初め自分が何を言ったのか理解出来なかった。言った本人が驚きに目を見開いてしまう。
 正一が指摘したのは、上司が言うところの天使の梯子――薄明光線の成り立ちだった。別に綺麗な言葉で目の前の現象を語る白蘭を幻滅させようとしていたのではない。そういった感情に気付く前に、口から勝手に言葉が零れていたのだ。
 白蘭はゆっくりと窓から視線を外した。そのまま流れるように視線が正一を捉える。
「ほら、やっぱり夢がない。綺麗なものは綺麗でいいじゃない。どうしてそれを、理論とか証明とか、堅っ苦しく考えちゃうかなあ」
 白蘭は心底理解出来ないといった口調で、呆れている様子も隠そうとしない。
 確かに白蘭の言う通り、素直に網膜に焼きついた光景に感動すべきなのだ。しかし正一は感動が湧き上がるよりも一瞬早く、目の前の光景が成り立つ条件や証明を考えてしまう。
 正一としてはそちらの証明の方がすとんと頭に入ってきて美しいと思い、酷く心を揺さ振られるのだ。
 法則という名の神が生み出した世界の末端に触れられる瞬間の尊さと、条件が僅かでも満たせなかった場合には発生しないその奇跡。
 それらを知っているからこそ、目の前の気象現象が神秘的で貴重であることがよく分かる。
 神が生み出した奇跡をロマンチックに言い表してしまったのでは、一体科学者は何のために世界を切り刻んでいるというのか。神の肉とも言える世界を開いてしまえば、それはただの肉という名の事実である。神そのものではない。
 切り出した肉に少しばかり感動するのは一瞬で、そこからはすぐに平生の位置に心が収まってしまう。感動に心が震えるその瞬間すら、正一自身が気付かないほどだ。
「正チャンってさあ」
 白蘭がぽつりと呟いた。
 びくり、と肩が跳ねた。
 白蘭が指し示した先、あの天使の梯子を視界に入れた時よりはっきりと心が動く。彼の人の唇からどんな言葉が出て来るのかと、心が小さくかたかたと震える。
「心が動くものと動かないもの、はっきりし過ぎじゃない?」
「そう、でしょうか」
 白蘭が正一の胸の内を知らないからこその発言だった。
 白蘭ほどのオーバーリアクションは取らなくても、正一はポーカーフェイスな訳でもない。それどころか逆に、感情を隠すのは苦手な方だ。得意ではないと分かっているからこそ、努めて不機嫌そうな顔をしている。むっと顔を顰めていれば、大体の感情は隠れてくれる。
 仮面が隠すのは顔に浮かぶ表情のみだ。苛立ちははっきりと仕種に出る。
そして仮面がうっかり剥がれ落ちてしまう瞬間もある。研究や実験で、描いた通りの結果が出ればぼろぼろと仮面が剥がれ喜色満面の笑みを浮かべそうになる。それを無理矢理、全て仮面で覆ってしまっているだけだ。
 どうしても溢れ出してしまうもの以外は押し殺してしまう仮面。正一はそれをすっかり付け慣れてしまっていて、逆に素顔を現す方に違和感を覚える程だ。
 興味のあるものとないもの。それらに向ける関心の度合いにばらつきがあるのは当然のことだ。わざわざ白蘭に指摘されるまでもない。
 わざわざ表に感心の度合いが表れないのは、先の仮面のお陰でもあった。この仮面がすっかり覆い隠しているせいで、よほど大きな感情の揺れがない限り、正一は徹底して無関心を装っていられる。
 その仮面に手を掛けて、正一は仮面を丁寧に付けなおす。
 自分の心は何も動いてはいない。平然とした口調で、正一は百蘭に言葉を返す。
「誰でもこんなものだと思いますよ。白蘭さんだって、興味のないことには徹底的に気を向けない癖に」
「うん、まあね」
 正一とは違い、白蘭はあっさりとそのことを認める。
 正一からしてみればその素直さは羨ましくもあり、何処かで自分には不要なものなのだと諦めていた。
「だって、いちいちどうでもいいものにまで気を遣っていたら疲れるでしょ? 別に僕は八方美人であろうなんて思ってないし。むしろどちらかって言ったら、嫌いかな」
「……何がです」
「決まってるでしょ?」
 深まった笑みに正一は続けられるだろうその言葉を確信した。
 決まっている、笑みを向ける相手、つまり自分の名を挙げるに違いない。
 意地悪く微笑む男に屈しそうになりながらも正一は拳を握り込んだ。顔を逸らすことは簡単だった。しかしそれは自分の後ろめたさを認めるようで嫌だった。
 本来の自分に、白蘭の眼光を受け止めるような度胸はない。
 無理矢理取り繕った仮面を付けて、ただ白蘭を見据えているだけだ。
 身構える正一を嘲笑うかのように、白蘭はそれ以上何も言わなかった。
作品名:コロイド(白正) 作家名:てい