無理心中未遂
出戻れない、と言って半ば押しかけるように彼の住まいに身を置いて、しかしわたしのせいで追い出されるまでの、たった数日間。
それでも二人きりだった。
優しい、どこまでも優しい彼はわたしを責めはしなかったけれど、わたしさえ現れなければ、彼は今もあのアパートで受験勉強をしていたのだろう(出逢ってしまった今、そんなことは考えたくもないけれど)。追い出されてようやく受け入れてくれた出雲荘には既に複数の住人がいて、それでもこんな気持ちになるなんて想像もしなかった。
確かに皆人さんみたいに優しい人が複数のセキレイの葦牙であればと思った。
確かに皆人さんにセキレイが増えれば良いと思った。
確かに皆人さんがセキレイを増やすのに加担した。
仲間が増えていくことに、喜ばなかった訳ではない。今の生活が楽しくない訳ではない。
ただあの蜜月期間が無性に恋しく思える。
広くはないアパートの一室で、誰に干渉されるでもなく、彼と二人きり。
二人きり、だったのに。
今や彼にはわたしの他に5羽のセキレイがいる。
とても善い方ばかりで、わたしに足りないものを持っていて、わたしでは出来ないことが出来て、胸を張って仲間だと言えるのに、時折、胸の中がどろどろとする。
皆人さんがわたし以外と楽しげに話している。
皆人さんがわたし以外に笑いかけている。
皆人さんがわたし以外を想う。
わたしだけに向けていてくれたのに。
およそのセキレイには無縁な独占欲が、ふつふつと沸いては心中を埋め尽くしていく。
黒い感情のままに彼の部屋の戸を開ける。彼は今日も受験勉強のために参考書と睨めっこをしている。わたしに気づくと、いつもの優しい笑顔をむけてくれる。
「結ちゃん? どうしたの?」
沸き立つ感情に身をまかせ、わたしは正面から彼に抱きつく。
「結ちゃん!?」
驚いて、慌てる彼の顔は真っ赤になっていることだろう。けれどそれを確認するまでもなく、わたしは彼を抱く腕に力を込めた。
わたしの力なら、皆人さんを抱き潰せるから。
皆人さんが死ねばわたしも自動的に機能停止する。
皆人さんを抱きしめたままで機能停止が出来る。
皆人さんと一緒に死ねる。
それはとても幸せなことのように思えた。
「むす、び……、ちゃ……ッ!!」
ヒュ、と皆人さんが息を詰める。
ああ、苦しいのだろう、早く苦しみから解放させてあげなければ。そう思って更に力を入れようとして、脳裏を掠めた思考から、しかしそれは出来なくなった。
「結、ちゃん……?」
皆人さんが死んで、わたしが機能停止して。
でも彼が羽化させた他の5羽も同時に機能停止する。
それでは二人きりになれない。
腕から解放した途端、皆人さんは畳の床に倒れて、急に楽になった呼吸に咳き込んだ。
わたしは何も出来ずにただ、それを眺めていた。苦しそうにしているのにわたしを見ていつものように優しく笑う。
「どうしたの?」
謝らなければならないのに、ごめんなさい、の一言すら出てこない。
「泣かないで」
ただ、もう二度と二人きりにはなれないという絶望に涙が止まらなかった。