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シャンデリアが落ちない理由

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 ネロは、ほぼ毎日と言って間違いのないほど、怪我を体の何処かしらに必ず作って帰って来ていた。
 原因はもちろん仕事にもあったが、大半は別の理由であった。頬や膝や腕、決して一箇所に止まらず、切り傷だったり擦り傷だったり打撲だったり、時には教会の救護室に運ばれるほど酷いものであったりした。その都度、クレドは彼をやんちゃも度が過ぎると叱りつける。ネロは決まって不機嫌な顔でだんまりをきめこむ。
 願ってもいない周りの偶像信仰による永遠にひどく似た当たり前の平穏な毎日を、特に大きな変化もなく過ごすネロにとって、傷を作るその繰り返しすらいつもの事だった。最も、クレドは頭を抱えてはいたのだが。
 ネロは、年下の子供たちには優しかったが、教会に来る同じ年代や、それより少し大きい歳の人々とは不仲だった。話が合わないのか嫌い合っているのか、たいてい睨み合うような感じであったりで、誰かと仲良くしているところなど、一緒にいる時間が比較的長いキリエですら、見た事はなかった。
 作ってくる怪我はいつも決まって、酷い痛みを伴っていた。切り傷や擦り傷から痣や打撲まで、それは色々だった。そんな自分を情けなく感じていたからか、ネロは、誰にも悟られまいと家へ戻ると、隠れるようにして一人で薬箱を開け、自身で手当てをしていた。しかしキリエは、そんなネロの様子を逸早く知り、いつも半ば強引に手当てを手伝った。
 それはキリエ自身の意志であり、ネロにそれを嫌がる理由はなかったが、ネロはどうしても快く思う事は出来なかった。これでは結局、心配をかけている事と変わりないではないかと。そう思いつつやはり怪我を作るのは、他の方法が思い付けないからなのだった。
 キリエ自身も当然、良い顔をする事はなかった。それでも、嫌な顔をネロに向ける事はもっと出来ず、結局いつも苦笑や哀しい笑い混じりに、ネロを手当てする。するとネロはいつも決まって、まるで母親に怒られる子供のような顔をした。そんな表情をするなら喧嘩しなければいいのに、とは、キリエが口に出して言う事はやはりなかった。
「こんなに毎日新しく傷を作ってたら、いくら男の子のネロでも体が持たないわ」
「生憎そんなに脆い体じゃないさ。それに、喧嘩をふっかけてくるのはいつもあっちだ」
 そして、男として売られた喧嘩を買うのは当然だろうと言う。女であるキリエには、その気持ちはよくわからなかった。同じ男である兄さんは、この話を聞いたらどういう反応をするだろう、と考えてみたら案の定、ため息を吐きながらいつものように説教をするクレドの姿が容易に思い浮かび、同じ様にため息を吐いた。
 手当てを終えると、ネロはキリエにありがとう、と伏し目がちに告げ、立ち上がった。
「街まで行って来る。・・・キリエも、行かないか?」
 キリエは、残念そうな顔で返す。
「・・・せっかくだけど、兄さんのところに行かなきゃいけないから」
「そうか」
 血縁者も親しい人物も他にいないネロが、それでも今を自分なりに生きて誰かの役に立とうとしていて、怪我を作るのも決して理不尽な理由ではないのだという事もわかっていた。
 だからこそ、キリエにはネロに言いたい言葉が見当たらない。近く、すぐに伝える事が出来る場所にいるというのに。
 もどかしさや憤りに近いそれは、更なる気持ちや距離になる。キリエが何より恐れるのはそれだった。
「ネロ」
 名前を呼び止められたネロは振り向いた。ネロの眼差しはいつも変わらない、いつだって、まるで光を見るようにキリエを真っ直ぐ見据える。それはキリエに、安心と不安を同時にもたらす。
「気を付けてね」
 つい、口から溢れた言葉。
「わかってるさ」
 端から聞けばありきたりなお節介の言葉かもしれないが、それでもいつもネロは不敵に、だけど何処か申し訳なさそうに、目を細めて笑う。いつもそうだ、全てを悟った大人のように、泣き叫ぶ事と笑う事しか知らない子供のように、それだけしか持たないただの生ける人のように。
 ネロは背を向けると、静かに家を出た。キリエはそれを見送った。なんの事はない、こんな不安すら、いつもの事だった。それこそ永遠に慣れない不安だと、キリエは思った。例えば、なにかがこの日々を突然壊すような事がなければ、の到底あり得ない話ではあったが。
 だからキリエも、クレドが今いるであろう教団本部に行かなければと立ち上がった。少し立ちくらみがしたのが気にかかったが、急に澄んだ耳に飛び込む、誰もいない家の中で一人の静けさの方が遥かに恐ろしいと気づき、少し慌てて家を出た。
 初めは確かに嫌いではなかったフォルトゥナの空は、今日も白々しいまでにいつもと同じ顔をしていた。風の吹く音は沈黙よりも心地よいとは言え、焦がれるような事もないまま時を過ごす。
 施しようなど、ここでは他の誰ですら、それは恐らくネロですら、知り得ないのだという事をキリエはただ思いながら、足だけはせめて軽やかに踏み出した。