そして永久の別れ
あの男が死んだ。
俺の人生の中で唯一だと今ここで言い切れるほど、嫌いで嫌いで嫌いだった奴が死んだ。いつか殺してやると胸に誓い、いつも死ねと呪いつづけたあの男が死んだ。俺以外の手であっけなく。
あいつの終わりは本当にあっけないものだったらしい。あのむかつくスキップでいつものようにルンルンと携帯を見ながら歩いていたところを交差点を曲がってきたトラックにはねられてバン。終了。
俺は結局あいつの最後の表情を見ることは出来なかった。今はただ、静かに棺に横たわる奴の、眠るような青白い顔を眺めている。
あいつの秘書をしていたらしい黒い服の女にさあとすすめられてその白い頬にふれた。そこに温度はなくただただひんやりとした冷たい感触だけが俺の手に伝わってきた。そういえばこいつは冷たい男だったなと思い出す。いつだってひやりとして、浮かべる笑みも温かみなどまるでなくて、俺はそれがとても気に喰わなかった。けれど一度だけ、奴に初めてふれたあのときだけは、奴はたしかに熱を持っていた。あのぬくもりを俺は忘れない。それはたしかに俺にふれて、そして肩を震わせてこう言ったのだ、「シズちゃん」と。
俺のまぶたに留まった涙が熱を持つ。じわりと視界が歪んでゆく。「シズちゃんっつーな」何度も何度も繰り返した言葉。何度も何度も交わした拳。幾度繰り返しても足りなくて、どうしても足りなくて、けれどもうどうやったって埋めることは出来ない。「足りねーよ、」足りねえよ、イザヤ。思わずつぶやいた言葉は届くことはない。とうとうたえきれなくなって俺のまぶたがひとつぶ涙を落とす。白い頬へとまっすぐに落ちたそれは、そのままイザヤの頬を伝って、まるで泣いているかのようにつうと流れていった。俺はそれを見届けて、ゆっくりと踵を返し、その場を後にした。