あいされに必死で
あいしたって いいじゃない、か
「みかちゃん、みかちゃん 」
まるで呪いのようだ、と竜ヶ峰帝人は思いながらぱちりと瞬きをした。折原甘楽は帝人の髪を櫛ですきながら小さく小さく帝人を呼び続ける。
「甘楽ちゃん、どうしたの?」
帝人は幼馴染の甘楽を呼び、くりくりとした瞳を甘楽に向けて不思議そうに首を傾げた。自分の髪に甘楽が触れる時はいつだって彼女が不安定な時で、そんな帝人の思惑にそれず甘楽は美しい顔立ちを歪めて 別に と低い声で呟く。
「甘楽ちゃん、うそつき」
「嘘なんてつかないもん。別になんでもないもん」
甘楽は甘えた声と語尾で、とろんとした言葉遣いを使用する。帝人はうそつき、ともう一度心の中で呟き、甘楽が自分の髪をシュシュで飾り付け始めたのをぼんやりと感じ取る。
「甘楽ね、みかちゃんの部屋に来る前セックスしてきたの」
「・・・ えっと 」
甘楽は帝人の髪を丁寧にシュシュで纏め上げたあと、何でもない世間話を始めるように声を上げた。帝人は幼馴染の性事情をぽんと示されたことに動揺して目を泳がせる。
「名前もしらない人と、あ 避妊はしてるよぉ 」
「あの、甘楽ちゃん なんでそんなこと 私にいうの?」
帝人はシュシュで結ばれた髪を揺らし、甘楽へ視線を投げた。帝人の後ろに座っていた甘楽は、帝人が思っていたよりも近い位置で彼女を覗きこんでいる。
「みかちゃんはこんな甘楽のこと好きでいてくれるかと思って」
愛がなくてもセックスは出来るよ。甘楽は何かを諭すような口調で呟き、帝人を抱きしめた。帝人はぎゅう、と自分を抱きしめる甘楽の体が小さく震えていることを感じ、ぱちりと瞬きをして甘楽を抱きしめ返す。
「けどね、愛がないとこれほど寂しい気持ちになるものもないよね」
「甘楽ちゃん、寂しかったの?」
帝人は問いかけながら、それでも甘楽が行為に踏み切った理由を考える。甘楽は帝人の言葉に顔をしかめ、痛い と呟いた。
「終わるなって時にね、もう飽きちゃってるの 相手、いらないなって思っちゃうの」
甘楽、おかしいまんま。甘楽は苦々しげに呟き、帝人の頭を撫でた。帝人は昔と変わらない幼馴染の体温に安心してふにゃりと眉を落とす。帝人の安心した様子に、甘楽の眉が少しだけしかめられた。
「甘楽ね、甘楽を殺したかった。みかちゃんに嫌われそうな甘楽はいらなかった」
けどね、甘楽は終わっても甘楽のままだった。甘楽の訴えに、帝人はとろりと細めていた目を見開いて首を傾げる。どうしてそんなこというの、帝人の声に、甘楽は微笑みを浮かべる。
「甘楽、みかちゃんのこと大好きだよ。多分ね、みかちゃんとなら 」
甘楽は言葉をきり、帝人をじ と見つめた後 ぽつりと静香の名前を口にした。瞬間頬を染めた帝人に、甘楽は嫌そうに眉を潜める。
「みかちゃん、どうしてあんな子に構うの」
「あんな子なんて良い方止めて。静香さんは良い人なんだよ?」
帝人の嗜めるような声音に、甘楽は目を細めながら帝人に強く抱きついた。例えば、このまま縛って誰にも触れないよう帝人を、あるいは自分の気持ちを隠したところで事態は好転するはずも無く、消したいと願ったはずの感情はますます広がって帝人に向いている。甘楽は泣き出したい気持ちを堪えて、帝人の唇に自身のそれを重ねようとした。帝人はびくりと震え、駄目、と小さく呟く。
「何で?みかちゃん 甘楽と何回もキス、したじゃない」
帝人は幼い時分のことを思い出し、かあ、と顔を真っ赤に染め上げた。甘楽は帝人を見つめながら、唇を重ね、震えながら合わさった唇を割って舌を口内に侵入させる。くちゅ、と鳴る水音はそのまま、帝人の心から生まれた傷より発したもののようで、甘楽をますます悲しくさせる。
(それでもいいの、それでもすきなの)
甘楽は深く、帝人と唇で繋がりながら目を伏せる。口が離れた瞬間帝人から零れる単語を聞きたくはないと、耳を塞ぎかける自分を甘楽は笑う。
(みかちゃんの幸せだけ考えられない甘楽を、みかちゃんが好きになるはずなんてないのに)
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しがみ付いてもがくことを愛と呼べるわけがないと、そう、私は思っていたから