うそつきに全力を
あいしてる、うそであって、あいしてない、ほんとうであって
(愛してない、本当だって、愛してる、嘘って言って)
みか、と呼べば、さらりと静香を認めるそのくりくりとした瞳に安心して、平和島静香は滅多に見せない微笑みを浮かべた。周りの静香を知る人物は、彼女の美しい顔立ちが柔らかく緩むのを認め信じられないと目を丸める。唯一驚きを示さなかった帝人だけが、ふわりと微笑み返して しずさん と呟き返す。静香は笑うが、自分の笑みが嘘のように見えないかそれだけが不安で仕方がなかった。
竜ヶ峰帝人の名前を知ったのは、皮肉にも静香が嫌ってやまない折原甘楽の幼馴染という事実を聞かされた時だった。帝人は性格が捻じれている甘楽のストッパーとして、彼女と静香の喧嘩をよく仲裁していたのである。幼馴染だから、と甘楽の肩を持つのではなく、寧ろ甘楽ばかりを諌める帝人の姿に、甘いケーキを頬張ったような充実感を重ね始めたのは、静香にとって帝人が、それこそ静香の力によって生み出された惨状に怯えることなく、冷静に原因だけを見つめてくれた存在であったからである。帝人は甘楽に丁寧に言って聞かせた後、静香へは困ったように微笑み、時たま甘楽の非礼を詫びて頭を下げた。
『平和島さんは折角こんなに素敵な女性なのに、自販機持ち上げて手が汚れちゃってます』
勿体ないですよ。帝人は呟きながら、ハンカチを静香へ手渡してはにかみ笑う。静香は帝人の優しさと平等さに惹かれていた。女同士なのに、そう思いながら何度も溜め息と共に殺そうとした感情を、それでも静香は ふとした拍子に発してしまう。
『愛してる』
静香の呟きに、帝人は瞬間瞬きを行い、ふわりと微笑んだ。はにかんだ頬は柔らかな桃色に染まり、静香の心さえ染めあげる。
『愛してる』
二度目の告白は震え、涙に染まった。帝人が手を握るまで、静香ははらはらと泣きづつけた。
「甘楽ちゃんが、最近 おかしいんです」
帝人は静香とともに歩きながら、不安そうに眉を歪めた。甘楽、の言葉にぴくりと神経を刺激された静香は、ふう と息をついて首を傾げ、帝人の言葉を聞く体勢を再び整える。
「まるで、小さいころみたいなんです」
静香は、ぽつりと帝人が言う その発言に嫉妬して帝人の手を握った。帝人は静香を見上げ、手を握り返しながら困ったように首を傾げた。どうしてでしょう。帝人の声に、静香は小さく さあ と呟く。
「あたしには、分からないよ」
「・・・ごめんなさい こんな話」
静香が吐いた言葉に帝人は震え、申し訳なさそうに視線を落とした。静香は自分が苛立っていることに気付いた上で、敢えて帝人へのフォローをすることなく息をつく。帝人の奥深くには自分と違ったベクトルの先に甘楽が居座っている、そのことをきちんと把握しなければ酷い嫉妬心ばかりが静香の心を蝕み続けるのである。
(死ねばいい 今すぐに)
静香は甘楽を思い、ぽつりと感想を抱いた。帝人はどうにか気を落ち着かせた様子で 静香へ柔らかに声を上げる。静香の薄暗い感情に気付かないまま笑う帝人に、静香も柔らかく微笑みを返して首を傾げた。さらりと揺れる静香の髪が帝人に触れる。その先から自分の汚さが流れていかないかひやりとした静香に悟ることなく、帝人は瞬きをして静香へ声を上げた。
「ケーキの美味しいお店見つけたんですよ。しずさんと行きたくって。クリームがね、凄く美味しいんです」
「ふうん 楽しみ」
はい。帝人は嬉しそうに笑い、静香はその微笑みに全てを許せるような錯覚を抱いた。ずるずると惹かれ、静香だって帝人がいなければ自分でいられないくらいに落ちている。静香はもう一度 しねばいい と思いを巡らせた後に きょろりと周りを見渡した。近道なんです、と帝人が指差した細い路地には人影もなく、静香は帝人の手を軽く引っ張って視線を持ち上げさせた後、触れるだけのキスを行う。離れた先の帝人は目を見開いて固まっており、静香を安堵させた。
「あたしの中にね、みかがいるの。笑ってるの、それが本当に嬉しくて みかに答えたくて 仕方なくなる」
仕方ないはずなのに、静香は声を上げ、帝人を抱きしめた。路地から一歩外に出ればそこは大通りで、帝人は赤くなりながらも静香の手を払うことはしない。
「甘楽のことは気にしなくてもいいよ。何でもないよ、きっと」
「・・・はい・・・ ごめんなさい、しずさんに、そう言ってもらいたかったんです・・・」
帝人は、おそらく甘楽のことを思いながら静香を抱きしめ返した。静香は自分の発言が、帝人の発言が本当であればいいと願いながら それでも嘘ではないかと言う不安を拭えず目を閉じる。
「甘楽ちゃんは何でも無くて、私の幼馴染で、しずさんが私の恋人で、甘楽ちゃんはそれを知ってる って 」
帝人は呟き、ふるふると震えながら静香に視線を持ち上げ 目を閉じた。静香はそれに答え唇を落としながら 本当でいて とそれだけを願い続ける。唇が再び触れる刹那、帝人はぽつりと呟いた。
「甘楽ちゃんが私のこと 幼馴染以上にみているなんて」
うそ、帝人がいうよりも早く静香は呟き、ぎゅう、と抱きしめたまま口づけを行う。うそであって、飲み込んだ言葉に、静香は死んでしまえ、と思いを巡らせる。
(しねばいい、あたしの よわさも しんじられないくらいの、ふあんも)
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けど本当はね それが本当でも良いの
だってあたし もう 君の中以外に戻れない