pants!【サンプル】
「おー、お疲れぃ」
未だ日の長い時期の部活、レギュラーの持ち回りでやっている後片付けを終えてブン太が部室に入ると、一足先に柳生が汗を拭いながらロッカーを開けているところだった。
遅くなったかと思ったのだが、どうやら他のレギュラーはまだ戻っていない。
「何だよ、ジャッカルの奴いねーし」
「どうも校内に何かの動物が入ったとかで、皆さん野次馬に行きましたよ。桑原君は、切原君に引っ張られて」
「ふうん」
わざわざ探しに行くまでも無いと判断して、丸井も自分のロッカーを開けた。柳生と二人並んでさっさとジャージを脱ぐ。
「おや、意外でしたね。丸井くんは興味ありませんか」
「そうか?そーゆう比呂士だってここに居んじゃん」
羽織った状態のシャツの釦を留める柳生を見遣れば、その顔には苦笑が浮かんでいた。
「私には部活後に動物を追いかけ回す体力なんて残ってませんねぇ」
「だよなぁ。腹減って仕方ねーよ」
顔を付き合わせて、ブン太もにやっと笑ってみせる。全くの同意だ。柳生が汗に濡れそぼったハーフパンツに手をかけながら、ロッカーから畳まれた制服を取り上げる。
「今日の練習は特にハードでしたね。もう下着までずぶ濡れですよ」
「へへ、比呂士が言うとなんか雨にでも降られたみたいだ…な……っ」
「真田くんが大荒れでしたから。きっと似たようなものでしょう……丸井くん?丸井くん、どうかしましたか」
……声をかけられてもしばらく、驚愕の表情を顔面に張り付けたままブン太の視線は一点に釘付けで、その様子を訝しげに思いながらも柳生が着替えを終えるまでの間、ぴくりとも反応しなかった。
それからしばらく後のこと、にわかに部室前が騒がしくなる。
「いやー、あんなに間近で猿見たの初めてだったぜ」
「随分と好かれとったようじゃのう、赤也?」
「うっさいッスよもう!」
野生に訴えかける何かがあったのか、目を付けられた赤也が追いかけ回される様を、手を叩いて大喜びしていた先輩共を当人は恨みがましく睨んだ。
「まあまあ、追いつかれなくてよかったじゃねえか。猿って意外と足早いんだな」
「……俺は猿よりも目を疑うもんを見たけどな」
ジャッカルが部室に入ろうと押し開いた扉が完全に開ききるのを待たず、一行を待ちかまえて中に突っ立っていたブン太が口を開いた。
「うわっ、ぶつかるとこだっただろ。気をつけろよ」
「仁王、ちょっと顔かしな」
「無視かっ」
文句を言ったジャッカルには一切構う様子をみせず、丸井は仁王を名指しする。
「ど、どうしたんじゃブンちゃん。そげな顔しよって」
「俺はお前に話があるんでぃ」
怒気というよりはいつになくじっとりと淀んだ雰囲気を醸し出すブン太に、特に心辺りのないまま指名された仁王が内心竦みあがる。……何だろうかこの迫力は。今日は何も火種を仕込んでいないはずだが。
ちらりと室内を見渡し、着席して日誌を記入している蓮二の姿をやっと片隅に見つけるが、こちらの様子を窺っているその視線が仁王の無言の訴えに「はて」と肩を竦め、状況を把握していないことを伝えてくる。
そのまま日誌に視線を戻してしまった蓮二の姿を薄情に思いつつ、大人しくブン太の前に歩み出る。すかさずブン太が伸び上がってその後ろ襟をひっつかんで引き寄せる。
「どうせお前の仕業だろぃ…さっきまで比呂士が居たんだよ、ここに」
「そら部活上がりじゃ、居っても不思議はないの」
内緒話の体を様した二人の背後で、赤也とジャッカルは着替えをすることも忘れ何事かと静観する。
「あいつ…あいつがさ…お前、その、ど、どんな……」
「? なんじゃはっきりせんな。言いたいことあるならちゃんと喋らんかい」
「パンツだよっ!」
作品名:pants!【サンプル】 作家名:みぎり