閉じられた箱
白い、あるいは黒い、あるいは黄色く、あるいは赤い。いずれにしろ静謐にただただしんとした空気を称えてそこにあり、まるで閉じ込めるように俺をしまう。
綺麗に磨き上げられた机、職人の技が生きるベット、美しい窓ガラス、彫りこまれた幾重の扉、すべてが模造品のように傍らにある、意味をなさないものをただの飾りというならば、俺にとってここは、馬鹿らしいほど飾りつくされた無意味な箱でしかない。
ここは俺が仮初にも育った場所ではなく、産まれたばかりのころは敵国であったはずの国の客用の部屋だった。ベットは三つ、窓は四つ、花瓶は二つに美しい室内灯は五つ。設備なら、育った場所と大差ない、だが今の俺にはそんなことどうだって良かったのだった。
陰鬱なる空が筋肉のような雲を隆起させている。俺はただ無感動にそれを眺めている。
半分だけあいた窓からは、しけった風が入り込んでいた。海に面しているせいか、香りに塩のにおいが混じっている。
頭の中は空っぽだった。呆けたように黙り込む俺の胸中は、言いだしたくも言いだせない言葉ばかりでぐるぐると渦巻くようにあふれている。胸だけがどんどん言葉を吸って重くなって、頭ばかりが思考を放棄するように真っ白だった。なあ、誰か助けてくれないか。そんな風に自分がだれかに助けを求めることは許されないと随分前に知っていたので、決して仲間たちにすら吐くことはなかったけれど、どうしたらいい?俺はどうすればいい?そういった言葉が浮かぶたびに、正直な胸の内は弱弱しくも助けてくれと泣いていた。
まるで首を絞められているような圧迫感だけがどんどん膨らんで、俺を蔑にしていく。置いて行かれるような疎外感を感じても、胸の内を麗しい仲間たちに知られるわけにはいかなかったので、ただただ笑みばかり張り付けてその痛みにふたをした。
今でさえ、俺を気遣う優しい仲間たちは俺の名前を呼ぶ。ルーク、ルークと。まるで何かの一つ覚えのように俺の名を呼ぶきらきらした光のような仲間たち。
それ、俺の名前じゃないのにな、と囁く卑屈な声を頭の隅に追いやって、けれども愛想よく答えるには俺はずいぶん疲れてしまっていたから、視線だけを窓の向こうに投げてぼんやりしていた。やっぱり頭の中は真っ白だ。
静かに静かに誰の邪魔にもならないように、風に当たっていればすぐそばで名前が呼ばれた。だからそれ、俺の名前じゃないんだよ。
「ルーク、どうかしましたの」
どこかいたむのかと、気遣う幼馴染はとても優しい。麗しい。俺よりもずっと、光のように。
けれども頭の中は真っ白なので、答える言葉がついに出てこなかった。揺らぐ視線で彼女を仰ぎ、やさしく微笑む彼女を視界に入れる。
「なんでもない。」
俺は機械的に動く口に、なぜだかひどく安心した。安心したが、幼馴染はそうじゃなかったようだった。
器械的にも呟いた声が、存外に低かったのがいけなかったのかもしれない、ああ、でもいまさらどうしようもない。俺は静かに溜息を吐いた。
麗しい幼馴染のお姫様は俺の虫の居所が悪いと思ってか、どこか納得行かない顔をして俺の名を呼ぶのをやめた。なので、俺から離れる幼馴染の彼女の背を見送るわけでもなく俺は窓の向こう側に視線を投げた。
散り散りとなりながら走っていく雲はどんよりと低く、雨が今にも降り出しそうだった。無機質なこの箱のようなへやのなかで、それはなぜだか唯一の、俺が触れることのできる外界のような気すらしていた。
流れている雲を眼で追う。なあ、誰かここから連れ出してはくれないか。誰にも届かないことを俺は胸の中で思う。
耳鳴りでもしそうなくらいの低く重い風の音を聞きながら、溜息をもう一度。荒れ始めた空の天候をひとしきり眺めて、それから、ああ、俺はもうすぐ死ぬんだと、なぜだかひどく納得した。