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初夢

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人は、と月を見上げて語る顔は、さらりと流れる夜風に撫でられている。
如何して、と続ける瞳は月明かりを照り返して仄かに光る。




人は如何して夢を見るのでしょう




いつか叶えられるかも知れぬ未来を願うため

それとも、叶わぬものを声高に叫ぶこともできずそれでも尚望むためか



先生の夢はと問えば返る言葉は勿論、開版でしょうか百物語のと、多少気恥ずかしげではある。
各地を渡り歩いて蒐集した怪談話は数知れず。
怪あれば何処へなりとも訪ねてしまう彼とは、
数々の仕掛けにこちらから持ちかけて助力を願ったこともあるが、出先でばたりと遭遇ということも何度かあった。
本当に好きなのだろう。
物好きだと思う。
そうやって一風変わり者の様を呈していても、それでも矢張り真っ当な昼側の人間である彼は、いつかその夢を叶えるのだろうか。



夢にはいくつかの種類があるのだ。
叶えるための指標。
決して届かぬものへの飽くなき憧れ。

叶えるための夢。
それは、こちら側の自分には持ちようの無いもの。
届かぬ夢。
遠い憧れのような。
それは持つだけならば、或いは?




距離にしてほんの何寸か先。
隣に座る彼の人を見遣る。
ほんの何寸。
遠くて近く、近くて遠いその隔たり。
凝っと見遣る。
ふと気付いた彼が、首を僅かに傾けて何ですかと尋ねてくる。
「――いえ」
持ち上げかけた指、伸ばしかけた無意識のそれに気付いて抑止する。
留められて宙に浮いた指。
どうしたのかと彼は一層首を傾げる。




辛うじて触れない位置
変わらず開いたままの一定の距離
破って近づく
儚い一瞬の
希うには遠すぎる
触れない
けれど触れる
心に触れる
心が振れる
胸の内に降れるこの泡沫の様に儚い思い
届かぬ憧れのような。




――夢




じゃァと又市は口元を上げる。
「じゃァこれは」
何ですと問う百介。
「これは奴にとって夢のようなもの」





作品名:初夢 作家名:ことかた