凍て付く、
「お前の話は、いつだって詰まらねえよ」
臨也は微笑んでいるだけだった。いつもの彼とは違く、何も喋らないで、いつもの彼と同じで、腕や胴、ふくらはぎや首元、その存在全てが華奢だった。落ちては行方をくらますこの粉雪のように儚い。けれど、人の子らしく体温はあった。彼は温かかったのだ。それは静雄にとって奇跡的とも思えて、毎年この季節がやってくる度に自分はこの世の奇跡を目の前で受け止めているのだと思っていた。
触れれば体温は伝染して、脈は伝った。臨也に初めて触れたのは冬だったのだ。寒い寒いと言っている狭間で体温を感じた。指が絡み合い、その隙間をぬって寒さはやってきて、それでも温かかった。彼の持つナイフは冷たかったけど、彼自身は熱を持っていたのだ。
「理屈ばっかりこねやがって、結局何言いたえのか分かんねえし、一つ一つがいちいちまどろっこしいんだよ」
この機会だ、言いたいことは全て言っておこう。油断すればいつ静寂を破るか分からない。
最初は粉雪だったそれも、時間の経過と共にだんだんと激しくなってきて、重くなっていた。彼が雪の重みに耐えきれなくなるのではないかと、屋上の上でいらない心配をした。いらぬ心配でも、自分が臨也のことを心配しなければ誰が心配するのだ。
輝いていた星たちはいつの間にか消えていた。雪ばかりが二人の上に降ってくる。渦巻く闇の中で臨也の黒いコートは背景と同化してしまいそうだった。それでも肌の色は雪に引けを取らないほど白く、暗闇でもそこだけ浮かび上がってくるかのように認識できた。
白い、白く、青白い。
触れれば、そこから熱が伝わる。
好きだった。
「シズちゃんの手って、意外とゴツゴツしていないよね」
「あ? そうか? 手前の手は本当に女みてえだけどな」
「シズちゃん、俺の体の部位全部女みたいっていうじゃん」
交わした会話も、言葉も単語も息づかいさえも穏やかだったのは、きっと繋がっていたからだ。温かかったからだ。周りが冷たいから、その分触れた個所はじんじんと燃えていた。暑さと汗でなにもかも分からなくなる夏とは違う。
臨也は微笑んだままだった。いつもの彼と違く、そのどこもかしこも冷たく、いつもの彼と同じで、静雄を翻弄させた。気付けばいつも臨也のことばかりで走っていた。
「手前の話は、つまんねえよ」
小指に、触った。5本ある指の中で、彼の細い指のなかでも一番小さい小指。そんな小指さえもちゃんと熱を保有していたのだ。いたのに。
「夏になれば、嫌でも熱くなるのかよ。手前は冬だって……冬だから、ちゃんと温かかっただろ、なあ いざや」
手のひらに手のひらを重ねる。風と一緒に頬に手のひらを滑らせる。氷のように、ひんやりとして。
冬だから、温かみをしっかりと感じられた。
冬だから、その冷たいままの肌がさらに凍りつき、雪は溶けずに、そのまま二人の間に降り積もる。
冬の束の間の温かみは、恋人の儚いその灯と一緒に消えたとでも、いうのか。冗談じゃない。
吐けば微妙に生温かった息も、もう彼の口からは出てこない。夜はどんどんと満ちていく。
彼の青白い肌だけが、確認できた。冬の寒さを、彼に出会ってから初めて感じた気がした。