狂宴乱舞
代わりに、人工的に造られた明かりが瞳に沁みる。
「おはようございます、臨也さん」
今日も、変わらぬ笑顔で、彼はそこに立っていた。
たった一度、一度だけ、彼との_竜ヶ峰帝人との約束を破った。
本当に急ぎの用事があったのは確かで、それを彼にはちゃんと伝えたつもりだった。
だけど、それが彼を変えてしまうきっかけとなったことを、こんな状況に陥ってから初めて気付いた。
破った約束の穴埋めのつもりで、彼の誘いを受け彼の部屋に足を踏み入れた。
そこからが、俺の悲劇の始まりだった。
“監禁”と言う名の拘束が、俺を待ち受けていたのだ。
こうなってしまったのも、彼の笑顔の奥に潜む狂気に気付けなかった俺の失態とも言える。
一瞬でも気を許してはいけないとあの時の俺に言ってあげたいが、それも今となっては後悔先に立たずである。
しかし、そもそも悲劇と呼ぶには仰々しいかもしれない。
だって、俺は何もそこまで悲しんではいないからだ。
残念な事と言えば、シズちゃんをからかえない事。
あと、大好きな人間観察をすることもできない事ぐらいだろうか。
だけど、それでもいいかと思える程、帝人の存在は己の中では大きかった。
いつの間に、とも思うが、身体を合わせる事に抵抗がなかった時点で、俺の中は彼でいっぱいだったのかもしれない。
とはいえ、押し込められた暗闇は、僅かな光さえ通さぬ密閉空間。
連日猛暑だと言われ続けるこの季節に、薄らと肌寒ささえ覚える冷たい空間。
心まで冷えるような冷たいフローリングに、人の温もりが恋しくて仕方がない。
加えて足に付けられた枷が、動くたびにじゃらりと音を立ててはその存在を主張して、眉間に思わず皺が寄る。
もちろん、外部との連絡手段は断たれていた。
懐の携帯電話はなくなっていたし、パソコンも固定電話さえも見当たらない。
いや、ここが何処なのか、実は場所さえ把握していないのだ。
だけど、俺は最初から気付いていた。
この空間から逃げられる可能性など、0%に等しい、と。
気を失って、初めて目に飛び込んできた帝人を見て気付いた。
だって、彼の笑顔に、曇りなど一欠けらも見受けられなかったから。
その瞬間『逃げる』と言う選択肢は、俺の頭から消去されたのだ。
無駄だとも思ったし、先程も述べたように特に困る出来事でもなかったから、もうどうでもいいやと抵抗することを放棄した。
それから毎日、彼はここに現れては俺を掻き抱く。
優しく、時に激しく、俺の中に己の存在を刻み込むように。
抗うことなど馬鹿な真似はしなかった。
これが運命だと思えば何も苦しい事などなかったし、そもそも俺は彼を愛していて、彼も俺のことを愛してくれた。
これ以上に望む事などしては、おこがましいにも程がある。
だけど、やっぱり外の空気が恋しいのは、彼がその日起こった出来事を楽しそうに話すからだろうか。
俺がいなくても、池袋は、世界は、今日も動いている。
俺一人なんかが今までの日常から欠けていたって、ちゃんと機能しているんだよ、と言いた気に笑う姿はもう見飽きた。
そう、俺は、帝人くんのためだけに存在すればいいんだ。
ここに来て学んだことは、そのことだけだった。
「おはよう、帝人くん」
底知れぬ闇に、目覚めのキスをする。
狂った太陽が、淀みのない笑顔を浮かべていた。
さぁ、今日も、素敵な一日になりますように。