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魔女裁判

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嗚呼、殺したいわ。
波江は憎々しげに呟く。その視線の先には窓ガラス、そして新宿の風景が広がっているだけでそこには誰もいるはずが無いのだが―――それでも、憎悪の篭った瞳を窓の外に向け続ける。空は美しく晴れ渡っていて、時折眼下を走る車のボンネットが太陽の光を反射して光り、波江は眩しさに目を細めた。

「殺したいわ、うんと苦しませてから」
「魔女みたいなこと言うんだねえ」

不意に波江の背後、この部屋の主が座るデスクから声がかけられる。今まで興味なさそうに仕事の書類をめくっていた臨也の、ほんの気まぐれだ。しかし波江は些細な干渉にも苛立ったようにまた顔を歪める。世間一般に美しいとされるその顔が憎悪の色に染まるのはいつだって、波江の最愛の弟に関することだけだ。いや、怒りだけではなく全ての感情を彼女は弟に委ねてしまっている。だから普段、波江はあまり喜怒哀楽を見せないし感じない。かの有名な『情報屋』折原臨也の皮肉にも嘲笑にも平静を保てる程に。

「魔女に会ったことでもあるのかしら?」

常ならばあまり臨也の気まぐれに付き合うことはなく黙々と作業をこなす波江だが、怒りで我を忘れているためか珍しく話しに乗ってきた。臨也としてはほんの冗談だったし、てっきり無視されるものだとばかり思っていたから、ちょっと驚いてから―――すぐにいつもの彼に戻って、にやりと笑って傍らのチェストにしまわれていた手鏡を取り出した。

「今あったよ、ほら。新宿にも魔女はいるんだ」

踊るように軽いステップを踏みながら、臨也が窓ガラスと波江の間に割り入ってきて、手にしていた手鏡を掲げてみせる。そこには弟に付きまとう醜悪な少女に対する殺意に満ち溢れた魔女、矢霧波江が映っていた。

「あら、随分理知的で聡明そうな魔女ね。ついでに素敵な弟もいそうだわ」
「罪深くて嫉妬深そうだけれどね?さあ、魔女狩りにあわないように匿ってあげなくっちゃ!」

波江の秀麗な顔が、今度は別の感情で大きく歪んだ。
なんだ、弟に関係なくったってそういう顔できるんじゃないか―――臨也は悪戯が成功した子供のように笑って、鏡を放り投げる。何時もそのような顔をさせている気がしないでもなかったが、そこは深く考えないことにした。こんな顔、勿論先程の怒りで彩られた表情さえも、あの弟には向けないくせに!叫ばなかったのは、そうすれば今度こそ波江は完璧に鉄の仮面を被ってしまうことが分かっていたからである。

「大丈夫、助けてあげるよ。君が水に沈んだって」
俺は悪魔だから、ね。
作品名:魔女裁判 作家名:卵 煮子