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stray dog

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カルロたちがねぐらにしているのは、薄汚れた路地の奥、壊れかけの廃屋の中だ。
調達してきた今日の食料をかじりながら、後ろにジュリオやゾーラを従えて足を踏み入れると、何かの気配を感じた。
カルロは眉をしかめた。
街に溢れる孤児たちにも、縄張りはある。
時折お互いに争うことはあっても、基本的にはお互いの領域は荒らさない。
だが、たまにはここの一体を掌握しようとしゃしゃり出てくる馬鹿もいる。
少し前にもそういうクズがいて、一匹叩きのめしたばかりだった。
もしやそいつの一味だろうかと思ったのだ。
攻められれば叩き潰す、それだけのことだが、面倒ではある。
しかし、面倒ではあっても叩き潰す手間を惜しんでいては自分の身が危うくなるだけだ。
そう思って、後ろに続こうとしたジュリオの足を、右手をあげて制した。
察して足を止めたジュリオ、さらに後ろのゾーラは怪訝な気配を隠さない。
気配くらい読めるようになれ、と言いたいところだが、まだカルロを察して黙っているだけましか。

がたり。

音がした。
カルロは音を立てないように、すいと前に出る。
手はポケットにしまったナイフへと、自然に伸びた。
気配を殺すのは、たやすいことだ。
もしもこないだの奴らの仲間なら、今度こそ懲りるように、徹底的に思い知らせてやる必要がある。
腕をとらえて喉元にナイフを突きつけて、皮膚の一枚も切りつけてやればいい。
それだけで収まらないようなら、腕の一本も覚悟はしてもらう。

がたり、

何かが動く気配。
姿勢を低くした。
身構える。
視線を鋭く前に配り、そして、

「……………なんだよ、ただの犬か」

ゾーラの気の抜けた声が天井に響いた。
部屋の中を食料でも探しているのだろうか、うろうろと動き回っているのは小さな汚れた犬だった。
本来ならふわふわとした毛並みと、ころころと転がるような丸みを帯びているはずの頃の子犬だ。
しかし、しなびた灰色の毛はぺたりと体に貼り付いて痩せこけた体の輪郭をかえって強調している。
見たところ、親とはぐれた野犬、といったところか。
そういえば少し前に野犬狩りがあったと聞く。
庇護されるべき親犬を失って、さまよい歩いているのかもしれない。
ぺたぺたのろのろと、およそ野生的な動物のものとはかけ離れた動きは、おそらくここしばらく何も食べていないのだろうとわかる程度には力ない。
しかし、それがただの弱々しい生き物には、カルロには思えなかった。
ナイフを胸に戻して、ひたと見据える。
こちらに気づいた子犬が、警戒したようにカルロたちを見た。
その、目の光。

「何よどこから紛れ込んだの、この汚いの」

ジュリオが嫌そうに顔をしかめる。
仲間内で一番大きな体のサイズに似合わず小心者で、人のよいところのあるゾーラは、しかしジュリオとは違う感想をもったようで、

「腹、減ってるんじゃないのか、もしかして」

何かないかと探し始めた。
今かじっている林檎はさすがに食べないかもしれない、などと呟いているところを見ると、何か食べさせたやろうとでも思ったようだ。
冷ややかな一瞥をそれにくれて、カルロは再び視線を子犬に戻す。

汚い子犬だ。
灰色に見える毛並みは、泥と埃にまみれていて、元はどんな色であったのかもわからない。
世間一般で言うところの愛玩動物としての可愛らしさなどとはかけ離れた外見に、庇護欲をかき立てられるものなどいないだろう。
見捨てられ、見放されて、孤独に生きていくしかない、そんな姿だ。

けれど、

けれど、と思う。
ぎらりとカルロを睨むように見上げる目は、決して死んではいない。
ぐるぐると幼いながらに喉を鳴らして唸る姿は、決して脆弱さを感じさせるものではない。

「汚い犬。……ちょっとゾーラ、つまみ出してよこんな汚いの」

「そんなこと言わなくてもいいだろう。かわいそうじゃないか、何か食べるものくらいやっても」

ゾーラが、乾いたパンを片手に近づこうとした。
ちょっとやめなさいよとジュリオの制止が入って、子犬が警戒の色を濃くして、死なない目の色が、ぎら、と光る。

「……触るんじゃねぇ!!!」

カルロは鋭く声を上げた。
びくりと手を止めたゾーラがカルロを振り返る。
子犬もまた、声に驚いたのか唸りながら低く身構えた。

汚い子犬だ、とるにも足らない。
元はどんな色をしていたのかわからないほどに汚れ、痩せこけて。
放っておけば、路地裏でのたれ死ぬしかない、そんなひ弱な生き物だ。

けれど、

けれどと思う。
元はどんな色であったか、そんなことはカルロにとってどうでもいいことだ。
自分自身、きっと分かりもしないこと。
どんな色であれ、それがたとえ薄汚れた世間から蔑まれ見下され、見放されるような色であっても。

死なない目。
それが誇りだ。

「お恵みの情けなんかかける必要はねぇよ」

「でもカルロ、」

「……這い上がるんなら、てめぇの力だけだ。施しなんかやるんじゃねえよ」

自分は自分自身だけで生き抜いてきた、それだけが、誇りだ。
何に見放されようとも構わない。
蔑まれようと唾を吐かれようと泥をぶつけられようと、生き抜いてきたのはただ自分の力によってのみ。

そうだろ犬っころ。

大人も、世間も、評価もどうでもいい、
ただ、自分自身で生き抜くことだけが、誇りだ。

そうだろ、犬っころ。

見下ろせば、鋭い光が返る。
不屈の光、きっとこの小さな生き物はしぶとく生き残るだろう、泥水を啜ってでも。
なんとしても生き抜いてやる。
意志などという大したものではないかもしれない。
ただ本能によってのみ、突き動かされているのかもしれない、この生き物は。
それでも、
  


それが、誇りだ。



「……ゾーラ、つまみ出せ」

「カルロ、」

「早くしろ」

「………分かった」

動き出したゾーラの気配に、子犬は身を翻した。
ゾーラが追い立てるまでもなく、先ほどとは比べものにならない素早さで駆け抜ける子犬は、あっさりと扉から出ていった。
その後ろ姿を見やることもなく、カルロは口元だけで笑った。
生き残るだろう、きっとあの子犬は。
必ず生き抜くと決めた自分と同じに、しぶとく、強く。
もしもまた、街で生き会うことがあれば、その時は戦利品のひとつも分けてやってもいい。
施しではなく、生き抜いた者への勲章として。

そうだろ、犬っころ。






2010.8.7

* Happy birthday!! *


作品名:stray dog 作家名:ことかた