閉じて、螺旋
ペンを放り出し、ギルベルトが両腕を広げる。日に当たることがほとんど皆無に近い彼の腕はまっしろで、細くて、体格のいいルートヴィッヒが少し力を込めれば簡単にへし折れてしまいそうだった。
ルートヴィッヒは椅子を立ち上がり、ギルベルトにそっと近づいた。その両手の中に収まろうにも彼の体は大きく、床に膝をついてギルベルトの足元に跪き、その太ももの上に頭を乗せる程度のことしかできなかった。ギルベルトの白い指がルートヴィッヒの髪をぐしゃりと撫で、ギルベルトを見上げたルートヴィッヒの唇にギルベルトの冷たい唇が降りてきた。ちいさく触れた薄い皮膚。もっと深くまで触れようと舌を伸ばしたが、ギルベルトはすぐに離れてしまった。
「に、いさん……」
「はい、おしまい。はらへったよヴェスト。シチュー、つくってくれるんだろ? にんじんが沢山入ってるのがいいな、おまえのシチューは美味いから好きだよ。一緒に食べような、おまえが作ってる間に一本書き終わるから、ソレ持ってっていいし」
ちゅ、とルートヴィッヒの額に唇をつけ、ギルベルトは笑う。滅多に見せない笑顔。ここ数年で、彼の笑顔を見たのはきっと自分だけなのだろうと思うと、ルートヴィッヒは自然と唇がほころんでいた。優越感と、いとしさと、もしかしたらそれ以外の、庇護欲じみたものもあったのかもしれない。
ルートヴィッヒはギルベルトが好きだった。人里離れた場所に暮らす兄。ルートヴィッヒがいなければ食べることもままならずに死んでしまうギルベルト。ルートヴィッヒは、彼のことを愛していた。
ギルベルトにしては珍しくパンもサラダも平らげて、ルートヴィッヒの作ったシチューを食べ終えた。ギルベルトが言葉を叩きつけた紙の束を抱えたルートヴィッヒが小屋の扉を開けるころには、もう外は真っ暗になっていた。この場所は星がよく見えるが、夜も外に出ることはないギルベルトには関係のないことだった。
「……また来るよ、兄さん」
ルートヴィッヒは、そう微笑んでギルベルトに背を向ける。唇はにたりと歪み、空の色をした瞳に星はなく、薄暗い感情を抱えて彼は小屋を後にした。
今度は、今日渡した食料が尽きるころに来よう。俺がいないと死んでしまう兄さん、俺意外とは言葉を交わすことさえ嫌がる兄さん、俺しか頼れない兄さん。いとしい、にいさん。
ルートヴィッヒの手のひらの中でそんな感情がむくむくと育ち、ルートヴィッヒの中に消えていく。車に乗り込み、星の瞬く空の下、長い長い道を走らせながら、ルートヴィッヒは少しだけ声を立てて笑った。
end.