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今日見た夢がこんな感じだった。

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 星ひとつ見えぬ、曇天の夜だった。
 とっぷりと深い闇は、まるで邪神の腹の中のようだ。誰もが寝静まっている中、ひとつの部屋から、がたん、と何かが落ちるような音がする。続いて漏れ聞こえる、荒い呼吸。
「――ッは、はぁっ」
 ベッドから転げ落ちた男は呻きながらもなんとか身体を起こすが、ふらふらとバランスを崩した身体は言うことを聞かず、肩から壁に激突する。恵まれた体躯は再び衝撃音を部屋中に響かせる。
 しかし賑やかな同居人達の睡眠を妨げることはなかったらしく、誰の声も聞こえず、誰が部屋の扉を開けてくることもなかった。男は背中を壁に凭れ掛からせながら、ふうと安堵の息を吐く。――否、それは安堵などでは決してなく、恐怖を感じる己の心を落ち着かせるため吐かれたものだったのかもしれない。
 右腕を押さえつけていた左手に力を籠める。抵抗するように小刻みに震えながら、左手はゆっくりと上げられ、掌が隠していた赤き証が現れる。
 遠くナスカの地で、ケッツァコアトルと呼ばれ崇められる神。幾度も男の前で奇跡を起こした赤き龍。選ばれしものの証の翼を模した痣は今や眩い光に染まり、男の身体を熱く内外から焦がしていた。右腕の発する光が反射し、男の――ジャック・アトラスの紫の瞳が真紅に染まる。額にじわりと嫌な汗が滲んだ。
『――おやおやぁ? ジャック・アトラスともあろうお方が、そんな醜態を晒すとは情けない』
 ふとテーブルに置いたデッキから、ぽうと炎が灯りまるで人魂のようにジャックの前に漂ってくるのが見えた。デュエルディスクのソリッドビジョンシステムも起動していないし、ジャックはサイコデュエリストでもない。しかし同じような現象を、ジャックは経験したことがあった。――あの、ナスカの地で。
「貴様……何故ここにいる」
『そんな質問は野暮野暮。私は紅蓮の悪魔の忠実なる僕。主が呼べば、どこにでも現れる』
 言いながら炎の玉は人の形をとった。ナスカでジャックと決闘した、紅蓮の悪魔のしもべ。ボマーの創り上げた神殿の中に埋まったはずのそれは今ジャックの目の前にいた。
『それに――お前が望んだから私は現れたんだぞ? 誰かの声が聞きたいと、そう望んだのはジャック、お前じゃないか』
「そんな情けないことを俺が願うとでも?」
 にいとしもべは口角を吊り上げる。
「……万が一、お前の言う通りだとしても……貴様の声だけは聞きたくなかったところだ」
 眉を顰め、ジャックはしもべを睨んだ。翼の痣は未だ赤く光を放っている。それどころか、輝きを増している。
『おやおや、酷いことを言う……』
「用件がないならさっさと消えろ」
『用件があるならここにいても良いと?』
 いち早くしもべを視界から出したいジャックの気持ちとは裏腹に、相手は意地悪く笑ってばかりだ。焔の揺らめく指先が、ジャックの眼前に突きつけられる。不快感は存外少なかった。ジャックにとっては、右腕の痣から発する熱のほうが耐え難く感じられていた。
『何故主を封印したカードを使わない?』
 発されたしもべの声は、普段の癪に障るものとは打って変わった低く唸るようなものだった。
「フン、何を言うかと思えばそんなことか……切り札は最後にとっておくものだろう?」
 ジャックが紅蓮の悪魔を封印したカードを手に入れたのは、随分と前のことだ。その間行った決闘の中で、ジャックはスカーレッド・ノヴァ・ドラゴンを一度も召喚していない。
「遊星のシューティングスター・ドラゴンとは違って、ヤツらは未だ知らぬ筈だからな。スカーレッド・ノヴァの存在を」
 それが勝機になるかも知れんと言うジャックだが、しもべはまるで聞いておらず、ただジャックが言葉を紡ぐ間に苦しげに吐息を漏らす様を楽しむかのように見ていた。
「それに、俺が俺のカードをどのように使おうと勝手だろう」
『そう、ジャック・アトラス。どのように使おうとお前の勝手……だというのにお前は何故使わない?』
 挑発的なしもべの言葉に、ジャックの眉がぴくりと跳ねた。にいと唇が吊り上る。キィと甲高い音を出し、右腕の痣が一段と強く光り輝いた。
「フ……ククク、ハハハハ! そうだ。貴様の想像通りだ! ……俺の身体は疼いて仕方ない。スカーレッド・ノヴァの力を欲している!」
 自嘲的に嗤うジャックは、その瞳を紅に染めぎらつかせていた。左手で頭を掻き毟り、顔の半分を掴むように覆う。
「情けないだろう? この有様だ」
 左手が取り払われた頬には、うっすらと、血の色の線が浮かんでは消えていた。それはマーカーにも、地縛神がその身に描く文様にも似た、ダークシグナーの証のひとつ。
 一万年前、赤き竜を追い詰めた最強の地縛神の力は絶大だった。封印したはずの紅蓮の悪魔が今、ジャックの肉体を支配しようとしているのだ。
 星のない夜は毎晩こうだった。いつ内側から己を殺されるか分からない恐怖にジャックは晒されていた。身体が言うことをきかなくなる。右腕に刻まれた竜の痣の加護か、右半身は思い通りに動かせるのだが、特に左半身が顕著で、先ほどから左の指先は震えが止まらなかった。誰も決闘をしていないはずなのに痣が光るのはきっと、ジャックという器の内側で、地縛神の力と赤き竜の力が戦っているからだ。
『主は怒っておられるのだ。お前がいつまで経っても主の力を使わないことを。そしてその怒りを静めるには、決闘しかない』
 しもべがひらりと手を翳すと、テーブルに置かれたジャックのデッキが浮かび上がり、壁に背をつけたままのジャックの手元にやってくる。心霊現象にうんざりする余裕すら、ジャックにはなかった。左手が伸び、デッキを手に取る。
「決闘? このジャック・アトラスに二度も敗北を喫したいのか? 紅蓮の悪魔のしもべよ」
『主のためならば喜んでお相手しますよ』
 これはあの儀式の再来だと、ジャックは直感的に思った。デッキをシャッフルしたのは右手だ。赤き竜が――否、ジャック・アトラスの魂が叫んでいる。紅蓮の悪魔に思い知らせよと。今再び紅蓮の悪魔を決闘でねじ伏せろと。生意気にも身体を支配するような真似をさせるなと。
「……いいだろう」
 ベルトにとりつけたままだったデッキホルダーに、一枚のカードが眠っているのをジャックは知っていた。それは身体の左側にあった。まるで剣を抜くように右手で抜き取ったカードは、スカーレッド・ノヴァ・ドラゴン。紅蓮の悪魔のしもべにそれを見せつけ、エキストラデッキへと加える。竜の痣の赤き輝きが、照明など必要ないほどにその場を照らしていた。
「相手をしてもらおうか」
 ジャックは床に腰を下ろしたまま、決闘盤もつけていない。しかし光を反射して赤に輝く眼は、間違いなく選ばれた決闘者のものだ。