ゲーセン
例えば今、忍足謙也とゲーム画面越しに向き合って座っている男の存在は、その筆頭と言っていい。
「ぎゃあ!おま…っ、何しとんじゃ、ボケ!」
「ボケとんのはそっちなんちゃうん」
「誰がボケや!ハメ技とか、卑怯やぞ!」
「ハメられとる方が悪いんやろ。ボケ」
しれっと言い放たれ、この短い会話の間にもコンボ数が三桁に突入した。
顔こそ見えないが、どんな表情なのかは大体想像がつく。すかしたキレイな顔で、にんまりと笑っているのに違いない。そう思うと、一層腹が立つ。
天は時に二物以上のものを一人の人間に与えることがある。
そういう人間が身近に何人かいると、幸か不幸か、物事を割り切ることを覚える。
物分りが良くなるし、諦めも良くなる。それが本当に良いのかどうかは、また別の問題だが。
「ほんま、やることがエグイわ」
「あんまそういう言葉、金ちゃんの前では使わんといてや」
「俺に言う前に、光に言えや。アイツが一番酷いで。この間かて……」
言いかけた所で、画面の中でプレーヤーが断末魔の悲鳴を上げた。
謙也はしばらく画面を無言で凝視した後、大きく溜め息を吐いた。
「なぁ、蔵。こんなハメ技で勝ってホンマに楽しいか?」
「楽しいで?謙也をハメんのが、一番楽しい」
立ち上がった白石が、殊更爽やかな笑顔でこちらを見下ろす。
地獄に落ちろ!と心の中で呪いながら、謙也はじとりと見つめ返したが、あちらは何処吹く風だ。
「なぁ、俺、これもう飽きたんやけど。次違うのにせぇへん?」
「アホ、何言うてんねん。勝ち逃げは卑怯やぞ!」
「あんなぁ、謙也のそーゆー諦め悪いとこ好きやけど、多分時間と金の無駄やと思うで?」
そもそも学校帰りにゲーセンに寄って、こうして男二人で遊んでいる時点で、大いなる無駄である。
その事実を果たして目の前の男はどのように捉えているのだろうかと、謙也は疑問に思った。
「なーなー次はポップン行こうや。あれなら結構互角な勝負になるし」
「重ね重ね失礼なヤツやなお前はホンマに!」
「せやかて事実なんやからしゃーないやん。で、どないする?」
ゲーセンに行こうと誘ってきたのは自分のくせに、仕方なく付き合ってやってる、というような顔をするのは止めて欲しい。付き合ってやってるのはこっちの方だ。
コートに立てば女子たちが黄色い声援を送る、その白々しい横顔。思い切り抓ってやりたくなる。
「えぇで。そこまで言うなら、やったろうやないか」
観念して立ち上がると、白石は、にっこりと微笑んだ。
その笑顔はひどく無邪気で、謙也が否と答える可能性など、最初から少しも考えていなかったのだろうという気がした。
思惑通りに動かされてるなと感じる。腹立たしいし、理不尽だ。けれど、謙也はそうとわかっていて、結局その思惑に乗ってしまう。
天はこの男に、二つどころか、三つも四つも余計にものを与えている。
だから、その代わりに、決定的なものが欠けてしまっているのだろう。
この世はままならないことばかりなのだ。それだけは、多分どの人間にも等しい事実だ。
「あ、なぁ、ちょお待って」
「え?」
「そっちの前に、ちょっとだけアレやろ」
「アレって……、UFOキャッチャーのことか?」
「そうそう。あのでっかいヒトデがえぇわ、俺」
ヒトデ呼ばわりされたのは、ケースの中にもったりと鎮座している星型のぬいぐるみだった。
あれがクレーンで吊り上げられるのか?と疑問に思ったところで、ハタと気づく。
「……待て。それ、もしかして俺に取れって言うてるんちゃうやろな?」
「言うてる言うてる」
「ほしいんやったら、自分で取ればえぇんちゃうん」
「そんなん、全然おもんないし」
意味がわからん、何でそうなるん、と次々言いたい台詞が浮かんでくる。
しかし言葉にするより先に顔に出ていたようで、白石は肩を竦めて笑った。
「そんな不細工な顔すんなや、折角の男前が台無しやで?」
「お前が言うと皮肉にしかならんわ」
「皮肉?なんで?」
本当に不思議そうに問い返されて、謙也は憮然となる。その意味をわざわざ解説するのは、さすがにプライドが許さない。
答えずにむっつりと黙り込んだ謙也に少し苦笑すると、白石は構わず謙也二の腕を掴んで、有無を言わさずUFOキャッチャーの前に引っ張った。
「なぁ、一生のお願いやし」
その屈託のなさが、なぜかとても悔しくて、やるせなくて、ぎゅっと口唇を噛んだ。
――――お前のお願いなんか、一生聞いたらんわ、ボケ。
この言葉の意味も、きっとこいつには伝わらないだろうなと思うとまた腹が立って、謙也は乱暴に小銭を押し込んだ。