君に笑って欲しいから。
「……姉さんは、ずるい」
ぽつり、と呟かれた妹の一言にマリアは首を傾げて振り向く。
「ルイーゼ?」
名前を呼び返してみたものの、妹は俯いたまま返事もしない。おかしな奴だな、と苦笑して、マリアは再度鏡へ向かう。
戦わなくなって久しい体はあっという間に細くなってしまった。それでもいざという時の筋力があるだけマシと言えるかも知れないが。伸ばしっぱなしの髪が左右に跳ねて、小さく溜息を吐いて髪を梳かすために櫛をとれば、ひょい、と櫛を奪われる。
「あ」
「貸して。私がする」
貸しても何ももう奪ってんだろ、と苦笑してマリアはされるがままルイーゼに髪を任せる。
くい、と髪が引っ張られ、優しく櫛が通って行く。跳ねて絡まった場所は指と櫛で丁寧に解かれ、寝癖だらけだった髪がするすると梳かされて行く。
「……姉さんは、ずるいな」
「ん? どうしたんだよルイーゼ」
悩みがあるなら言ってみろよ、と鏡越しに笑いかければ、妹はぎゅ、っと唇を引き結んで黙り込んでしまう。
「……姉さんの」
「ん?」
「姉さんの髪は、すごく、綺麗だから」
これが? と一房つまんで見るものの、そんな上等なものには思えない。けれどじっと己の髪を見るルイーゼの瞳はキラキラとしていて、嘘をついているようには思えない。
「俺はお前の髪のが綺麗な色してると思うけどな。伸ばしてみれば?」
「……私には、似合わないと思う」
「伸ばしてみりゃあいいのによ。ずるいずるいって言うけどな、俺にはお前のそのでっけー胸の方がずるいと思うぜー」
姉妹なのになんでこんなに胸のサイズが違うんだろうなー、と呟くマリアの胸は、ない、というほどのことでもないがやはり小さめなのは確かだ。
「そんな……胸なんてある方が邪魔だぞ、姉さん」
「女としてはあるほうがやっぱいいだろ。ほんとでけーよな、うらやましい」
「姉さんの髪の方が綺麗でよっぽど羨ましい」
意固地になっているのかムッとして言い返すルイーゼに苦笑して、マリアはおもむろに髪をまとめて自分の方に持ってくると、はさみを手にする。
「姉さん? 姉さん何を……っ!」
ルイーゼが止めようとするも既に遅く、じゃきんっ、と軽い音を立てて腰まであったマリアの髪が切り落とされる。
「ねえ、さん、どうして……」
「羨ましい、っていうからさ。お前に嫌な思いさせるために伸ばしてたわけじゃねえし」
「そんな、つもりじゃ……っ、姉さん……っ」
泣き出しそうな顔で狼狽えるルイーゼにやっちまったかな、とマリアは苦笑する。そうは言っても、切ってしまったものは元には戻らない。
「あー……ごめんな、ルイーゼ、お前がそんなにショック受けると思わなくて……」
「だって、姉さんの綺麗な髪……っ、せっかく、ここまで伸びていたのに……、私の、せいで……っ」
くしゃりと顔を歪めた妹を引き寄せ、ぽんぽん、と背中を撫でる。涙を堪えていたルイーゼも堪えきれなかったのか嗚咽を押し殺しながらぼろぼろと涙を零し始める。
「ごめん、ごめんなルイーゼ。でもほら、これでお前とお揃いだろ?」
もうちょっとちゃんと整えないとみっともないけどな、と笑いながらルイーゼの瞼にキスをすれば、お揃い、とどこか舌っ足らずにルイーゼが繰り返す。
「そう、お揃いだ。そう思ったら悪くないだろ?」
にこ、と笑いかけてみせればようやく納得できたのか、ルイーゼはほっとしたような顔を見せ、泣いてしまったことが恥ずかしいのか今度は怒ったフリをする。
「お揃いなのはいいが姉さん! 急に髪を切ったりしないでくれびっくりするだろう!」
「ごめんごめん。衝動的にばっさりとだな……悪かったって」
「本当にそう思っているのか?」
「思ってる。お前が泣くと思わなかったんだよ」
なんとも言えない顔で真っ赤になるルイーゼに笑って、マリアは頬にキスをする。
「出かけようにもこのままじゃ無理だしさ、ルイーゼが髪整えてくれよ」
「……わかった。けど姉さん、約束して欲しい」
「ん?」
「私は姉さんの長い髪が好きだから、もう一度、伸ばして欲しい」
きょとり、とルイーゼを見返すマリアに、ダメか? とルイーゼが問いかければマリアはにこりと笑う。
「そんなんでいいなら、いくらでも!」
マリアが笑ったことにほっとしつつ、ルイーゼも笑ってはさみをとる。
しばらくベルリン市内では、お揃いの髪型をして仲良さそうに歩く姉妹の姿が見られたという。
作品名:君に笑って欲しいから。 作家名:やよい