A flying man
京一がおれの店に初めて挨拶をしにきた時の話には、まだ続きがあった。
A flying man
別れ際におれが思い出したように切り出した。
「京一。このチョーカーどうする」
偶然にもジーパンのポケットに入っていた銀翼のトップ付きチョーカー。あの嵐のような事件の渦中で、京一から渡されたあれだ。
京一はちょっと驚いた後、おれからそれを受け取った。
甘い笑顔が近付き、おれの首に腕を回す。
咄嗟に後ずさろうとして体を後ろに少し引いた瞬間、首筋に革の感触。
相変わらず無駄がなくて手が早いこと。
京一がぱっと体を離したその時には、すでにおれの首にはしっかりとチョーカーが巻かれていた。
京一の顔は満足気だ。
「もう通行証としては使えないけど、それはお前の物だ。・・・よく、似合ってる」
たった数日前の鮮烈な過去を思い出したのか、少しの間沈黙が訪れる。不意に目線を上げておれの目を見た。
「マコトがこっちに来た時は必ず会うから。どんな約束があっても、必ず。だから、ちゃんと知らせろよ」
「・・・わかった」
あまりにも真摯な瞳に、それ以外の言葉が思い浮かばなかった。
おれの返事に京一はまた笑顔になる。
人を惹きつける甘い笑顔。
それはきっと、店に並ぶメロンなんかより、ずっと、甘い。
じゃあまたと最後に一言告げると、京一は背を向けて歩き出した。
少し遅れておう、と呟いたおれの声は聞こえているだろうか。
ポケットに手を入れて歩く京一の足取りは軽やかだ。
そして京一はここ、池袋を飛び立った。
おれも銀色に鈍く輝く翼を手に入れたが、とうぶん飛び立てそうにない。
今日もおれはこの街を這って生きていく。
この街を統べる王様に、おれの唯一の翼をもぎ取られるのは、また別の話。
作品名:A flying man 作家名:このえ