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月夜の陰に灼かれ夜半の闇に惑う

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どうかこのままでいて何も変わらないこの世界のまま皆消えてしまう迄。



──月夜の陰に灼かれ夜半の闇に惑う──



湖に浮かぶ城の最上階、大陸の遠くの山まで見渡せるそこで思考の海に沈んでいた少年を、ひとつの声が控え目に呼んだ。

「坊ちゃん」

しかし少年は振り返ることなく返事もせず、ただ大陸の方だけを眺めていた。

「…………」

少年は背後をかえりみず無言のまま。それは声が聞こえていないのかあえて無視しているのか判断はつかない。声は再び名を呼び、

「──坊ちゃん。私も、もうここを出ます。坊ちゃんがこの城を出たら暫く一人で国を廻ること……手放しで賛成はできませんが、反対もしません」

静かに、感情など微塵も感じさせない冷静な口調で言った。
少年は聞いているのかいないのか、言葉に反応する様子も振り向く気配も言葉を発する兆候すら、みせなかった。しかし声はそんなことに構わず──寧ろそれが当然と思っているのか──言葉をつなげる。

「じゃあ、私はもう行きます。暫くの間お別れですね。…気をつけて、下さい」

坊ちゃん、と最後に三度名を呼び名残惜しそうに、だが存外すぐその気配は階下に消えた。
後に残った少年はじっと声に背を向け続けていたが、気配が消えた途端振り返る。まるでこの時を待っていたかのように。
──消える。消えてしまう。
少年は今更のように手を伸ばす。もう声の主は去ったというに、恐らく先程まで立っていたであろう場所に向けて。

「────ッ」

その場所にはもう誰もいない。何故なら「彼」はもう行ってしまったから。
二度と、会えない。会わない。
グレッグミンスターに帰ることを拒否して国を見てまわると、それは一人で考え一人で決断した。暫く帰らないと、言って。

『少しの間会えないだけですよね? これで最後になるわけじゃ、ないんですね?』

きっと彼は予感があったのだ。だから執拗に、少年に尋ねた。
いつ、帰ってくるのかと。

『そんなに心配しなくても、すぐ帰るよ。たぶん一年もかからないんじゃないかな』

彼を心配させないように言った。
これ以上不安要素を残しておきたくない。だから。だからそうやって、彼に。
――――――嘘。
嘘だ。うそだよ。
これで最後なんだ。最後になるんだ。もう二度と、会えないんだ。
最後の最後で彼の顔を見たら、すべて話してしまいそうで怖かった。
だから、 嘘 を、ついた。
一年もしないうちに帰ると。心配するな、と。
だから、きこえない フリ を、した。
耳を塞いでしまいたかった。そうすれば何もきこえなくなるから。彼の言葉も何も彼も、届かなくなる。でもそれはできなかった。
明確な理由は分からないけど、きっと彼を一方的に突き放すのが嫌だったのだと思う。嘘をついていることでの、後ろめたさもあるかもしれない。
少年は祈っていた。
できれば彼にはこのまま、自分のことなど忘れて生きて欲しかった。
しかし少年は願っていた。忘れて欲しくないと。
自分が生き続ける限り、彼の生きた証しもずっと生き続ける。だからせめて、彼が生きている間くらいは、自分も生きた証しが欲しいと。
泣き出しそうになるのを一生懸命堪えて、少年は笑んだ。
先刻まで、彼のいた場所で。

──あぁ、消えてしまう。すべてが。

誰にもいなくなってなんかほしくなかった。それでも時というものは無情で、あっという間に何事かを奪って過ぎて行く。
自分は誰にも死んでほしくなかったと、小さく声に出してみる。
吐き出された言葉はまるで現実味がなく、まるで空虚だった。
だけどその言葉だけは真実だ。他のどんな言葉がうそだとしても。
それだけは、それだけが、真実だ。
だから、ねぇ。どうかこのままで────。


もう今になって思い出せることは、あの時最後に見た月の白さだけ。