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ああ、この季節はいつか。

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「歩~、ちょっとこっち来て~」



──ああ、この季節はいつか。──



「何だ」

夕食の準備をしていた歩は仕事を中断させられたせいかどことなく不機嫌そうだったがそんなことは構わず、火澄はどうしてかベランダに、この寒いのに上着も着ずに立っていた。
しかも瞳はずっと動かず、じっと空だけを捕らえている。

「歩、早よ早よ」

顔も見ずに手だけで招かれてもなあ、と思いながらも、自分と火澄の分の上着を持って外に出た。

「一体何だ」

言葉とは裏腹に、ほら、と差し出された上着を見やる。
受け取らなければ一生伸ばしていそうな手から苦笑しつつ受け取った上着を手早く羽織ると、火澄は再び空を見上げ、

「あっちのほう、見てみ」

西の空を指差した。
言われるままベランダから身を乗り出し、歩はああと納得した。
夏と秋の境目のようなこの時期、しかし空はしっかり高くて、風も冷たくて、日も短くなって。
まだ6時前だというのに、空は見事な夕焼け。

「綺麗やろ? 俺この季節になると毎年見とんのや。日本では初めてやけど」
「──明日、晴れるな。これなら」
「え?」

ごくごく小さな声で呟いたはずの言葉は意外にも相手の耳に届いていたようで、空から外した視線を不思議そうに真っ直ぐ歩に向ける。

「何で分かるん?」

今度は歩がびっくりする番だった。

「何でって、夕焼けが綺麗に見えると次の日は晴れるって言うだろ?」

会話の最中も日は傾いていき、辺りは段々暗くなる。
日がすっかり沈んでしまうと、歩は仄暗くなったベランダから中断していた夕食の準備を再開させようと掃き出し窓に手を掛けた。

「……そか」

途端に火澄が口を開き、歩の動きを止めた。

「明日、晴れるかぁ…………よかったわ」

体の向きを変え外に背を向け、火澄は目を細めて嬉しそうにわらった。


──ああ、この季節が
いつか見られなくなると。あと何度見えるのかと。


この時はまだ彼に直接問うことは出来ずに、やがて後悔することはあるのだろうか。