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想い出

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空を見上げると珍しく雲ひとつない晴れ渡った蒼が拡がっていた。



──想い出──



冷たく肌寒いちりちりと刺すような風を全身に受けながら、植木耕助はガードレールに凭れ掛かって周りの様子を観察していた。
余りの寒さに一度身震いをしてから耐え切れなくなったのかその場で突然屈伸運動を始める。
首には店から借りてきたマフラーとウール。しかし手には何も無く、下手に首が暖かいだけ一層寒さを煽る。冷たい風にあたり続けていたのでいい加減身体も冷え込もうかと感じ始めた耕助はガードレールから身体を浮かして歩き出した。
最初は迷いに迷ったこの街にも大分慣れ今は何処に何があるかを此処の住人程ではないが理解することも出来た。
それもこれも耕助が部屋を借りている店というのがクリーニング店だからだ。たまに掃除もせず暇そうな耕助を呼んでは店長が洗濯籠をひとつ寄越す。そして洗濯の配達に遣わされていれば嫌でも地理は覚わる。
荒療治の様だが実際耕助はそうやって地理を覚えた上だからこそ一人で外出する事も出来るのだ。
歩はしっかりと意識は取り留めもない事を考えたままふと冷たい手を頬に当てて立ち止まる。
この繁華街で自分が知っている者は限られていて同じ様に自分を知っている者も限られている。
何故この繁華街という世界に来たんだと思った瞬間答えは自然に湧いた。大切な者との記憶を取り戻す為だ。
耕助は苦笑したまま嘆息した。自分がこんな事でどうやって目的を果たすのだ。
気合いを入れる様に頬を両手で叩きながら、あぁそういえばと今はもう遠い昔の様に感じる少し前の出来事に思いを馳せる。
確かこのくらいの季節になると押し入れから出され夜中までゲームを続ける姉の「心強い味方」をまだ今年は見ていない。自分の記憶が正しければあの日、皆の記憶が無くなってしまった正にその日に家族で狭い押し入れから出してやる予定だった。
しかし当日耕助は繁華街に来てしまい皆は大切な者との記憶が無くなったからもしかしたら姉や父も自分のことなんか忘れているのかもしれない。そう思うとどうしようもなく苦しい。果たして今、あの家にこれまで自分の生きてきた痕は在るのだろうか。
坩堝に嵌る。
このまま思考を続けると浮上出来なくなる様な気がして慌てて止まっていた足をまた動かす。大丈夫だきっと忘れられてなんかいない。希望ばかりの気休めを呟くとそれでも気分は軽くなった。
はたと気が付くと目の前には見知った店。無意識に歩いても帰ることが出来る場所に思わず安堵の息が零れた。
自分は今確かに此処で存在している、それは揺るぎない事実で。
ぱたぱたと足音がしたと思ったら店の裏手からお手伝いとして働いている女の子が駆けてきた。両手にには薄い掛布を持ち忙しそうでだというのに耕助を認めた瞳はわざわざ近くまで寄って来て律義に挨拶を交わす。

何だその布。

女の子が答えるより早く店の店長が続いて出てきた。そして答える。

炬燵布団だよ。炬燵? もう寒いから出そうってミリーと決めたんだ。だから布団干してんのか? うん、干せば少しは暖かくもなるだろうしね。ふうん。

女の子は一足早く店内に戻ったが耕助は店長も持っている女の子の物よりは多少厚い布団を見つめていた。そして思う。

ウチでも炬燵、出してんのかな。

その言葉は思うに留めず口にも出した。店長はうんと唸ってそうかもしれないね。静かに応じた。
随分感傷的だと自分でも感じる。それでも言わずにはおれなかった事。
店長は下向いてしまった耕助をまじまじと見つめてから手に持っていた布団を頭から被せた。

何がそんなに不安なのかと問えば何の事だとはぐらかされる。

その布団暖かいでしょと言えばそうだなと返事が来る。

何を我慢しているのか問えば我慢なんてしていないと切り捨てられる。

まったくこの子どもは本当に素直じゃないなと揶揄るように喋れば返事は返ってこない。

本当どうしたの。

布団の上から頭を撫ぜるように手を置く。そういえば耕助の首にくっついていたウールがいつの間にかいなくなっている。あの動物が好きな女の子と先に中に入ったか。
言葉が発されるまでどれ程の空白が在ったか定かではないが己の頭に伸びている手を掴んだ指は酷く冷たくて体温が感じられない程だった。

もし…………たら。

ぼそぼそと何かを言う声は小さくて聞き取る事が出来なかった。
だが店長が聞き直すまでもなく耕助はまた口を開いた。店長の手を冷たい指で握ったまま絞り出すような声音で一語ずつ噛み締めるように。

もし、忘れられてたら、……どうしよう。

主語は無かったが何の事を指しているのか簡単に理解出来た。この子どもは心配で心配で堪らないのだ。
いや違う、心配などしてはいない。判って、いる。
記憶が無くなれば他人のことなどいとも容易く忘れられる。家族だろうと親友だろうと恋人だろうと関係ないと判るそれくらいには聡い子どもだ。だが判るからこそ不安なのだ。
自分の居場所がどこに在るのか分からない。忘れられたら全て消えると思い込んで浮上出来ずにいる。心の底では忘れないでと叫んでいるのに表面ではどうってことない顔をする。
狡い子どもだと思った。本音を言う事は決して無いのに周りに悟らせる。周りは慰めるしかないではないか。
店長は微苦笑すると布団越しに耕助の頭を撫ぜた。

大丈夫だって、今ミリーがこの時期に「心強い味方」の準備してるから。

言うと弾かれた様に顔を上げた耕助と目が会う。
店長の手から指を離して布団も頭から下ろし抱く格好になる。
そうか。小さく答えて微笑う。
ありがとな、と布団を持ったまま耕助は店長の横をすり抜け店に入っていった。
店長は店先に一人残される形になり思わず声を上げて笑った。
まったくあの子どもは狡い。周りを巻き込むだけ巻き込んで心配させるだけ心配させて後はきっかけも他人には教えず立ち直るのだから。
少しくらいは見返りを求めても良いんじゃないかと思う。だけど本人に言ったら何でと聞かれそうで何も言わない。
空を見上げた。陽の傾いた空は橙の色をしていてビルを家をオレンジに染める。やがてすぐ藍色に変わる空を、あの子どもみたいだと考えて店長はまた笑った。
そろそろ戻らないとミリーや植木くんにどやさるかな、と独り言ち店の扉を開けた。



風は冷たいけれど帰る場所がある。
作品名:想い出 作家名:きじま