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夏の夜の魔法

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ぴちゃ…ぴちゃ…。
静かな薄暗い部屋に、独特の濡れた音が響く。
「タカ丸さん、大丈夫?痛かったりしみたりしませんか?」
兵助はさっきまでタカ丸の足元にうめていた顔を上げ、気遣うような声でタカ丸に尋ねる。
「大丈夫。痛くはないよ。痛くはないけど…」
「痛くはないけど…?」
「ちょっとくすぐったい、かな?」
タカ丸はそう言うと、兵助の方を見て、わずかに頬を赤くした。

***********

兵助とタカ丸は、最近の習慣になりつつある勉強会を行っていた。
編入生であるタカ丸は、四年分の知識や技術を短期間につめこむ必要があった。忍術に関しては全くの初心者であるタカ丸にとって、それらを自分一人の力でこなすのは、かなり困難なことであった。そのため、委員会の先輩であり、恋人でもある兵助の協力のもと、日も沈んだ頃になると、タカ丸の部屋で二人でこうして勉強会を行っているのだった。
「ここはこの公式をつかって…」
「あっ、そうか!さすが久々知くん!」
彼らの勉強会は、成績優秀な兵助の教え方とタカ丸ののみこみのよさのおかげで、今のところは順調だった。
「ふぅ〜、ひとまず休憩っ!」
「そうですね。ちょうどきりのいいところですし。」
タカ丸は筆を置き、ぐーんと背伸びをした。すっかりリラックスした様子のその顔に、夏の夜の生ぬるい風が吹く。
「しかし夜もこんなに暑くちゃかなわないよぉ…足元もすっかり蒸れちゃった…。」
タカ丸はそう言うとおもむろに、寝間着の裾をまくりあげ、腰ひもにくくりつけた。
「タ、タカ丸さん!何やって…!」
兵助とタカ丸は、ようやく最近接吻したばかりの清い仲だ。ましてや兵助は14歳。いわゆる「お年頃」だ。そんな彼にとって、恋人の突然の生足は、いささか目の毒であった。日に焼けていない白い太ももがやけにまぶしくて、兵助は慌てて目をそらそうとした。
と、その時兵助は、タカ丸の足について、あることに気づいてしまった。
「タカ丸さん、その膝小僧の傷、どうしたんですか?」
タカ丸の膝には、刃物で傷つけたかのような無数の傷跡があったのだ。そのなかにはまだ新しいと思われる傷もちらほら見える。まだ筋肉も十分についてない白い足にはあまりに不釣り合いな傷の数々。その痛々しさに、兵助は思わず眉をひそめる。
「あぁ、これ?これは膝小僧で剃刀の練習をしたときについたんだよ。忍者になるからって髪結いの練習さぼったら、腕が鈍っちゃうしね。」
タカ丸はなんでもないことかのようにそう言った。
「そんな…医務室でちゃんと治療しなきゃ駄目ですよ?」
「大したことない傷だし、そんなの平気平気!」
兵助の心配をよそに、タカ丸はあっけらかんと笑う。
兵助は相変わらず厳しい表情のままタカ丸の近くに寄ってきて、その傷だらけの膝小僧をじっ、と見つめていた。

が、突然、

ぺろっ!
「ひゃぁ…!く、久々知くん、いきなりなにするの!?」
兵助はしばらくじっとタカ丸の膝を見つめていたが、おもむろにそこに顔を近づけ、ぺろり、とその膝を舐めたのだった。
「な、何なの…?」
タカ丸は兵助の突然の不可解な行動に、戸惑い、どこか怯えてるようだった。
「だって、タカ丸さんがちゃんと治療してないっていうから…」
「へ…?」
「だからその傷跡、せめて舐めておこうと思って。ほら、軽い傷なら舐めておけば治るって言うじゃないですか?」
戸惑うタカ丸をよそに、兵助は淡々と言葉を返した。その口調はいたって冷静ながらも、タカ丸を心配し、いたわる思いがにじんでいた。
「なんだ…僕ったら、いやらしいこと考えちゃったよ…。」
わずかに頬を染めつつ発されたタカ丸の呟きは、兵助には届かなかった。

***********

そんな経緯があって兵助はタカ丸の膝を舐めはじめたはずなのに、タカ丸の意識は、いつの間にか不埒な方へ向かいつつあった。
さっきから見え隠れする兵助の舌は、やたら赤く、ぬらぬらと光っており、ひどくいやらしい生き物のように見えた。しかもそれが、意志をもって自分の膝を行き来しているのだ。
『久々知くんはそんなつもりじゃないのに、僕ったら…!』
タカ丸は視覚から受ける刺激を遮ろうと、慌てて目を閉じた。だが、そうすることによって、かえって肌に感じる兵助の舌をより強く感じてしまい、逆効果だった。
くすぐったさだけではないなにかを、タカ丸は自覚せずにはいられなかった。
そしてついに
「っあぁ…ん!」
タカ丸の口から発せられた声は、明らかな「色」をまとっていた。タカ丸は慌ててその両手で口をふさいだものの、時すでに遅し。驚いて目を見開いた兵助と視線が絡み合った。
「タカ丸さん…。」
いつもよりなんだか低く聞こえる兵助のタカ丸を呼ぶ声を感じた瞬間、タカ丸の唇に、兵助のそれが吸い寄せられるように近づいてきた。
「!」
驚いた瞬間にはもう、二人の唇は密着しており、兵助の舌はタカ丸の口内へと入っていっていた。
兵助の舌は、いつもの優しさが嘘のように荒々しく、タカ丸の口内を暴れていった。歯列をなぞり、その凹凸一つ一つを確認するかのように上あごを行き来する舌。決して巧みなものではなかったが、その舌が、つい先ほどまでは自分の膝を舐めていたものだという事実に、タカ丸は興奮した。そして気がついた時には、タカ丸の舌は兵助のそれに誘い出されたかのように動いていき、二人の舌はその口内でねっとりと絡み合い始めた。
どれぐらいの時間が経っただろうか?二人の口内ではお互いの唾液がたっぷりと交換され、二人の舌はどちらがどちらの物かわからなくなるくらいに十分に溶け合っていた。
突然、兵助が絡み合う舌をほどき、ゆっくりとタカ丸の口から顔を離していった。
「ふぁ…」
突然刺激を失ったタカ丸の口から、思わず艶っぽい声が漏れた。
兵助は己の口元をぬぐい、ぶんぶんと頭を振って、再びタカ丸に向き合った。その表情は、先ほどまでとは裏腹に、いたって理性的なものであった。
「ご、ごめんなさい!タカ丸さん!俺ったら、いつの間にか勝手にいやらしい気持ちになったりして…さっきのことはさっさと忘れてください!本当にすいません…。」
兵助はそう言うと、深々と頭を下げた。
そんな兵助の袖口を、くいっとタカ丸は引っ張った。そんなタカ丸の様子に、思わず兵助は顔を上げる。
「む、無理だよ…僕、こんなになっちゃってるし…。」
タカ丸は顔を真っ赤にしてしゃがみこんでいる。そんなタカ丸の様子にゆっくりと兵助は顔をあげる。すると…
「!?」
見るとタカ丸は己の褌の裾を右手で引っ張り、何とかして股間を隠そうとしていたのだった。なぜそんなふうに股間を隠しているのか、気づかないほど兵助も鈍感ではない。みるみるうちに、兵助の顔も赤く染まっていく。
「もうこれ、僕一人じゃおさまらないから…」
タカ丸の濡れた瞳が兵助をとらえる。
「久々知くん、なんとかしてよ…。」
弱弱しくも、はっきりとしたその声は、兵助の耳にちゃんと届いたようだ。
「タカ丸さん…」
そう言った兵助の声は、再び獲物をとらえた一匹の雄のものとなっていた。


                     おわり(2010.8.8)
作品名:夏の夜の魔法 作家名:knt