三月三日
これはね、僕の相棒だよ。
僕を護ってくれる、大切な、大切な。
ずっとこれと居たんだ。まさしく、あれ。
健やかなる時も、病める時も、喜びのときも、悲しみのときも、………ってやつ。
ん?
あはは、妬いてくれてるの?
ありがとう、大丈夫だよ、これはあくまで無機物であって、愛情を向けてるわけではないから。
どっちかと言えば、アイギスの方が好きだし。
……あ、照れてる。
何で隠れるの、可愛いよ?
だから、はい。
これはアイギスに。
あげるよ、もう僕には必要ないみたいだから。
はい。遠慮しないで受け取ってよ。
いいよ、…………ごめんねアイギス。
ありがとう。
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あの時彼は珍しいぐらい喋っていたように思う。それも今となっては確認の仕様もないのだが。
彼女があの時の彼の様子に気が付いていれば、
こんなことにはならなかったのだろうか。
思えばあれは、あの日は、
最後の戦いが終わって、
いい加減皆との約束が果たされるのか不安になりだした、
卒業式の二日前、
三月三日の、事だった。
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「……眠い…」
「いいですよ、皆さんが来たら、ちゃんと起こしますから」
「………………」
あれ以来彼はやっぱり寡黙で。
今も屋上には彼と彼女の二人きりだというのに、会話と呼べるほど長いこと話したりはしない。
二日前に感じたことは、彼女自身感知出来ないくらいのところで、些末な杞憂として処理されようとしていた。
「……」
「……」
「………?」
ふ、と。
彼女が何かの違和感に気が付いた。
「なんだか、……すごく、眠いな……」
彼の様子が、なんだかおかしい?
「やっぱり少し、眠ってもいいかな……」
彼女に、具体的にどこがどうおかしいなんて的確なことは言えないけれど、それが無性に悲しくて、切なくて、虚しくなって、
「……アイギス?」
突然落ちた液体に、些か驚いたような彼を見て初めて、泣いていることに気が付いた。
必死で目元を拭う彼女の努力も虚しく、液体はポタポタと顎を伝って落ちていく。
「アイギス……」
「……ッ、おやすみ、なさい…っ……眠ってしまって、も」
彼にこんな顔は見せられない。彼の記憶に残る最後の顔がこんな泣き顔だなんて、そんなの彼女には耐えられない。
さいごの、かお?
「大丈夫、ですから……ッ私が、ちゃんと…………」
「……アイギス…」
「皆さんが来たらっ、私が」
「アイギス」
彼女の呼吸が引き攣れたように止まった。
「……ありがとう」
そのまま、彼がゆっくりと目を閉じてしまうまで、彼女は息を詰めたまま。
静かに息を吐き出して彼女が触れた彼の頬は、まだ、温かいのに。
「おやすみな、さい……っ」
と、屋上に上がる唯一の階段から人の声が聞こえてくる。
紛れもなく、彼と彼女が待っていた人達の、声が。
「…………おやすみなさい」
彼女はもう一度、目を閉じたままの彼に囁く。
彼が待ち、望んでいたものが、もうこの場にやって来る。それは彼女も同じように望んでいたけれど、真中に彼がいなくては完全ではないのに。
もう、彼は、いないのだ。
Life is a jest ; and all thing show it.
I thought so once ; but now I know it.
もしも、
私がここで泣いて泣いて縋れば、あなたは、いかないでいてくれますか?