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風邪の日

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朝起きると、悪寒がするし足下は覚束ないし視界は揺らぐしで、すぐに風邪を引いたなと分かった。普段から健康管理はしっかりしているつもりだが、どこかに粗があったか。
ともかく、これでは今日は外出など出来るはずもない。大した用事もないし大人しく布団にくるまっていようと思い、その前に常備してある冷却剤とスポーツ飲料を取りに台所に向かった。いつもは原稿中の修羅場くらいでしか使わないのだが、まさかこんな形で役に立つとは。この二つだけは、これからも切らさないようにしようと教訓めいたことを考えて、強い眩暈を感じた。
これは、倒れる。
いくら倒れると分かっても、対処できなければ意味がない。ああ、これは倒れたら痛いだろうなとぼんやり思いながら、そのまま意識を手放した。




トントントン…

気が付くと額に冷却剤、枕元にスポーツ飲料が置かれ、自分は布団で横になっていた。はて、いつの間に移動したのか。記憶を辿ろうにも、台所で倒れたことしか思い出せない。
もしかして私は意識がなくとも動くことが出来るのでしょうか、便利ですね。
熱に浮かされた頭ではまともに考えることが出来ずにうんうん唸っていると、台所の方から音が聞こえるのに気付いた。まさか空き巣ではなかろうかと急に不安になり、だるい体を叱咤して起きあがる。
短いはずの台所までの道のりも、今の状態ではとてつもなく長く感じる。健康は大事だと噛み締める。
必死で辿り着いた台所を恐る恐る覗くと、誰かが流しに立っているのが見えた。その後ろ姿がよく見知ったものであるのを認め、ふっと緊張を解いた。
いや、そもそもどうして台所にいるのかとか、知らぬ内に入って来ているということは不法侵入じゃないのかとか、いろいろ頭をよぎったが正直今はそんなことを言っていられるような余裕はない。寝床からここまで歩くだけで、かなり疲れてしまった。もうこの人を叱るのは後でいいから、今は布団に戻ろうと踵を返した。

「…おい、お前何してんだこんなとこで」

古い家であるが故、廊下の軋む音を耳聡く聞き留めた不法侵入者(本人は「違う!」と言い張りそうだが。)に見つかってしまった。

「お前なあ、俺様がせっかく来てやったっていうのに倒れてやがるし、全く風邪引いたんなら大人しく寝てろよ年寄りが」

大人しく寝るための準備をしようとして倒れたんです、と言おうとしたが、うまく声が出ない。どうやら喉までやられてしまったようだ。
それよりもどうしてここへ?視線で問うと、バツが悪そうに頭を掻きながら侵入者――基プロイセンは答えた。

「まあ、アレだな。ヴェストもイタちゃんも忙しそうだったからよ、暇になった俺様はちょっと時間を潰しにだな…って別にンなこと今はどうでもいいだろ!後で飯くらい持ってってやるから、寝てろじじい!」

つまり暇を潰しに我が家に来たところ風邪でダウンした自分を発見して布団まで運んでくれたというわけか。しかもご丁寧にご飯まで作ってくれているようだ。
いつもならねだるばかりで決して自分からは作らないプロイセンの、隠れた優しさを垣間見た気がして、思わず笑ってしまう。しかし上手く笑えず咳き込むと、焦ったようにプロイセンが近付いてくる。そして徐に肩に担ぎ上げられた。

「おら、さっさと寝ろ」

そのままずんずん寝床に向かう。こんな風に担がれて、本来なら抗議して暴れるところだが、如何せん今は歩くのもやっとな状況だったので、軽く背中を叩いて抗議に変える。プロイセンはそれをどう取ったのか、フンと鼻を鳴らして、一度担ぎ直すように肩を揺らした。



寝床に戻り布団に潜ると、忘れていた先までの緊張と疲れを一気に思い出し、すぐに瞼が下りてきた。自分が寝入るまで見張るつもりなのか襖の脇から動かない気配を感じながら、これは風邪が治ったらお礼をしなければと思う。
さてどんなお礼がいいだろうと思案するが、そんなのは風邪が治ってから本人に聞くのが手っ取り早いだろうと結論付けて、今はとにかく眠ることにした。
次に目を覚ましたら、一番に「ありがとう」と言わなければ、とそこまで考えて、また意識は闇に落ちた。
作品名:風邪の日 作家名:きじま