地獄の果てまで貴方と一緒
もはや恒例行事なのでしょうか。ここ最近、会議が終わるたび、イヴァンさんに絡まれています。
「ねえ菊君。今日だけど、君の家に」
「あらもうこんな時間ですか。それでは」
「お茶くらい出してくれてもいいんじゃない?」
「すみません、ちょうど切らしてまして」
言うや否や、後ろも見ずにその場から走り去ります。上手い事逃げないと、いつもイヴァンさんには捕まってしまいますから。
でもどうせ、
「待ってよ菊君」
「やっぱり追いかけて来るんですね!」
なるべく複雑な経路で以って家に帰ったら、迅速に戸締りをしなければ。そう思い、必死で足を動かすことに専念します。今だけは、後ろに迫る気配を無視です。
息も絶え絶えに何とか我が家に帰り着き、息つく暇もなく玄関を閉めようとした瞬間。
「菊く~ん」
「!!」
ばん、と思いっきり扉を閉めたつもりでしたが、ほんの数センチ、ちょうど人一人の指の分だけ開いています。
「菊君痛いよ」
ああ、ぼんやりと見える影はまさしくイヴァンさんのものです。まさかこんなところで追いつかれるなんて……!
「菊君、開けてよ~」
半ば条件反射で、扉にかけた手に力を入れます。開けさせてなるものか。
私が今正に必死で扉を押さえていると知っているはずなのに、イヴァンさんのセリフはとても呑気です。が、こちらにとってそれは死活問題なんです。
「ねえ、せっかく来たんだから、上がらせてもらってもいいよね?」
「あまりよくないです!」
「えっ、どうして?お茶の一杯でいいからさあ」
貴方は一杯じゃ終わりそうにないから嫌なんです!どうせ「僕のものになってくれたら帰る」とか言い出すだろうから上げたくないんです!
とは言えないまま。何が何でも、扉だけは死守です。
「いい加減にして下さいもうお帰り下さい」
あれからどれ程経ったのか。頼むのでもう帰ってくださいと、既に何度お願いしたことでしょう……。
「どうして?君の家では、お客さんを一も二もなく追い返すのが礼儀なのかな?かな?」
「止めて下さい!わが国のアニメ化もOVA化も済ませた人気同人ゲームのヒロインの真似をするのは止めて下さい!可愛くないですから!」
「あはは、可愛くなくて結構だよ。それよりそれ、何の話?ウチじゃひぐらしは鳴いたりしないけど」
「分かってるじゃないですか!!」
そういえば最近、メイド喫茶が出来たとか言ってましたね!
って言いながら手に込める力を強めないで欲しいですね。爺だからって、舐めてると痛い目に遭わせてやりますよ、……いつかきっと!
今は哀しいかな、逃げ腰の体勢です。
「……仕方ないなあ。じゃあ今日は、もう正攻法は諦めるよ。じゃあね、菊君」
「ぅわっ!?」
いきなり扉から手が引かれて、今まで込めに込めていた力が行き場を無くし、ほんの僅かな隙間をすごい勢いで扉が閉まります。うぅ、反動が、辛い。
ですが、今日はもう諦めると言っていましたよね!?やりました、今日も、(主に精神的に)ボロボロですが勝利を収めました。
「…………菊くぅ~ん」
「へ?」
一人玄関でガッツポーズをしていると、何故か後ろから声が。
後ろから、イヴァンさんの、声が。
恐る恐る振り向くと、これまで見たこともないほどいい笑顔のイヴァンさんが、奥から出ていらっしゃいました。……しまった!玄関に気を取られて、他の箇所の戸締りを忘れて……!
「って、なんでここにいるんですか!?今日は諦めたんじゃ……!?」
「やだなあ、正攻法は諦めただけだよ。だから、縁側から回ってね、お邪魔しますって」
とてもいい笑顔なのに、黒い。影が真っ黒です。というか、もしかしてこの状況、私とてもピンチなのでは……。
「だからね、菊君。今日こそは、お茶出してほしいなあ」
散々逃げ回って疲れた体に鞭打って、私はまた表に飛び出すことになるのでした。
(どこまで逃げても追いかけてくるんです!)
作品名:地獄の果てまで貴方と一緒 作家名:きじま