僕らの願った世界
今日もいつも通り、朝日の昇る頃に目が覚めた。窓の外には朝陽に彩られ、雲ひとつなく晴れ渡った空が広がっている。
「ラムダ、おはよう。今日はいい天気だ」
あれから毎朝、果たして目覚めているのかも分からないような存在への挨拶を、それでも欠かしたことはない。眠ると言ったラムダの言葉に嘘はなく、しばらくは何を言ってみても何の返事もなかった。(いや、これでもし返事があったらあったで、俺は独り言ばかり喋っていることになるのだが。)
返事はないと分かっていても少し寂しくなる。
もぞもぞと着替えながら、知らず苦笑している自分に気付く。仕方がないとも知っているが、割り切ることは出来ない。
「ちょっとくらい……散歩してきてもいいよね、うん、折角の晴天なんだし」
まだ今日は始まったばかりだが、今の自分に必要なのは気分転換だ。おかしな夢を見たわけでもないのに何となく晴れない気分を紛らわす行為は、必要だ。
そう結論付けると、ヒューバートにばれない内に戻ってくればいいし、と呑気にもつぶやいて、こっそりと窓から外に降り立った。
先ほど感じたほんの少しの寂しさを紛らわすように、腕を真上に上げて伸びをする。うーっ、と思わず漏れた声も誰にも聞かれる事はなく、ただ暖かな朝日に照らされるだけだ。
さて、どこに行こう。
時間からして、今起きているような人間はよっぽどの早起きか、或いは早番の使用人くらいだろう。きっとヒューバートもまだ眠っているに違いない。
今からなら、裏手の森を一周くらいはできるかもしれない。せっかくだし、森を抜けた先まで行ってみようか、確かラムダにはまだ見せたことがない景色の筈だ。ラムダは気に入ってくれるだろうか。
と、そこまで考えて、徐に空を見上げた。
遮るもののない空は見事なほど透き通っていて、今にも溶け込んでしまえそうだった。いっそ融けてしまおうか。きっと気持ちいいだろう、だってこんなに綺麗なんだから。なあ。ラムダ。
額の位置まで上げた腕を日除けに、燦然と耀く太陽を見遣る。実際には、あまりの眩しさに直視することは出来ないのだが。
「今日は少し遠出しよう」
誰にともなく宣言して、森へと歩き出した。
どうせ屋敷に戻る頃には皆が起き出しているだろう。更に朝食が済めば、すぐに自分の部屋など書類で埋まる。一人で落ち着いて物を考えることの出来る時間は極端に減ってしまう。誰もが眠っている今のうちに、考えなければいけないことがあった。
『アスベル』
森をひと通り回り、当初の予定通り森の先に向かおうと歩を進めていた時だった。何かに名を呼ばれたような気がして、足を止める。
勿論辺りを見回しても誰もいない。
「……ラムダ、か?」
当たり前といえばそれまでなのだが、自分を呼んだであろう存在は、まだ眠っているであろうラムダでしかありえない。
目が覚めたのだろうか。再度、ラムダ?と確認するが、もう何の声も聞こえなかった。
「ラムダ、目が、覚めたのか? もう、起きられるのか……?」
返事はないが、呼ばれたことが嬉しくて言葉を繋げる。
ラムダ、君に話したいことがたくさんあるんだ。仲間のことや、世界のこと、そして自分のことも。聞いてほしい事は山ほどあるんだ!
――走った。森を、抜けた先。そこを目指して、一秒でも早くと、走った。
森を抜ける。一気に視界が開けた。
わずか十数メートルほどで地面は途切れ、断崖になっていた。その下には凪いだ海が広がり、朝陽を反射している。
何度も、既に飽きるほど見ていた景色が、なんとも新鮮に映った。
「どうだいラムダ。綺麗だろう?」
やはり返事はない。けれど確信にも似た思いで、これはラムダが見ている景色なのだと、そう思った。
おはようラムダ。ずっと君に、会いたかったよ。