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炭酸そのいち。

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そこはひどく蒸し暑かった。それも当然だ、だってここは廃倉庫の中なのだ。冷房なんて存在するはずがない。何人かの柄の悪そうな男達がたむろしていた。地べたに座っている者や、壁にもたれかかっている者。やっていることは談笑に賭け事にとさまざまだが、一様に同じなのは、全員が涼しさを求めていたということ。
 そこにまた一人、男がやってくる。
「おーい、飲み物買ってきてやったぞー」
 重みで変形したビニール袋を手に、倉庫に入ってくる。逆光で顔はよくわからなかったが、それが鶴の一声。好き勝手していた男達は戦に勝ったかのように沸き、飲み物に群がる。
 青葉はそれを一歩離れたところから見守るだけだった。近づくのが怖かったわけではない。ただ、輪に入りたくなかった、それだけ。

「ほら青葉、お前これがいいって言ってたろ」
「ん? あぁ、サンキュ」
 目の前に置かれたのは炭酸飲料だった。
 意識が殻にこもろうとするのもつかの間、頭の中は目の前の飲み物でいっぱいになっていた。
 ごくり、と喉が鳴る。
 そういえばひどく汗をかいたような気がする、と今さらながらに倉庫の蒸し暑さに気付いたりした。
 銀色の缶は表面に水滴がついていて、己の冷たさを主張している。
 缶を手に取り、プルタブに指を引っ掛けて――止まる。
 その重みが、普段よりもはるかに大きいものだと気がついて、一気に気が滅入るのがわかった。
「振ったのかよ…」
「ちょっと落としただけだっての」
「炭酸単品で?」「まじかよ」「ヒヒッ、まあお前だったらやりかねないけどな」「黙れ殺すぞ」

「ふーん…まあ別にいいけど」
 青葉は周りの囃し声など一切気にすることなく、そのままプルタブを引き開けた。
 瞬間、ぷしゅうぅ、と弾けるような音とともに、透明な液体が青葉の顔めがけて勢いよく噴出した。
「ッ、うわあぁあっ!?」
「? 何だよ青…っぶ!! ぎゃははははっざまぁ!!!」「何やってんだよ青葉ァ?」「ちょうどいいんじゃねえの?」「まぁ夏だし」「暑いしな」
 たったこれだけのことなのに、倉庫内は水分が来たときと同じくらいの盛り上がりを見せる。
「お前ら他人事だと思って好き勝手言いやがって…くそっ…髪まで炭酸くせぇんだけど」
「べたべた?」「オイ触んな」「何かくっつけてやろうぜ」「ヒヒッ」「何か面白いもんねぇの?」
「やめろって」
 青葉の静止なんて届いていなかった。
 刹那の楽しさを追求しているような男たちなのだから、仕方ないといえば仕方ないことなのだが。
「なんも無ェべ」「もう手でいいじゃん」「ヒヒッまあいいか」
 幾つもの大きな手が青葉に伸びる。無遠慮に頬や髪を触る無骨な手。乱暴さの中に壊れものを扱うかのような慎重さを見出してしまう。
 それが、周りの大人たちを思い出させて。
 がぶり。
 誰の指だかわからなかったが、噛んだ。
「痛ッてええぇええ!!! おい青葉、何すンだよ!!」
「やめろって言ったのにするからだ、馬鹿」
 小さな身体はするり、と猫のように拘束を抜け、悪態を吐いた。加担していた男達はそこで我に返ったようで、それぞれがばつの悪そうな表情を浮かべている。
 ただ、暑い夏の青空の下へ向かう彼らのリーダーを見送るだけだった。
作品名:炭酸そのいち。 作家名:ほたて