号令
吐息混じりの小さな声が、その場に反響する。がやがやと騒がしい廃工場の中では、かき消されてしまう程度の音量だ。けれど、誰もその声を聞き逃したりはしない。
ただ一言呟かれた言葉を皮切りに、喧騒が静まる。
見るからに柄の悪そうな少年たちの視線は、言葉の主に集まった。全員一斉に注がれるそれは、恐ろしくもあった。
しかし、視線を浴びる帝人は困惑を伝えながらも、笑みを浮かべていた。まったくしようがないなあ。そんな風な笑みだ。その表情は、聞き分けのない我が子を宥める親のようですらあった。
「帝人先輩、どうかしました?」
静まり返った周囲の中で、唯一帝人の近くにいた青葉が問いかける。
白々しい。問うた本人ですらそう思うのだから、この場にいるほとんどが同じように思っているのかもしれない。問われた帝人も例外なく。
だが、もはやお約束となった流れをわざわざ切るような真似をする者はいない。
帝人が再び口を開く。相変わらず、少年たちは静かだった。
「うん。ダラーズの名前を使って悪さする人たちが、また湧いてきちゃって。」
困っちゃうねと、帝人は伏し目がちに微笑む。無害で無力そうな、少年の表情だ。
けれど、青葉は知っている。湧くという言葉が人間に対して使うには適切ではないことを、それならばその言葉は何に対して使われるべきなのかを。帝人にとって、ダラーズを荒らす人間など、そんな程度の生き物なのだ。
そして今、そんな程度の生き物が帝人の心中を害している。
帝人はダラーズの創始者であるが、同時にブルースクウェアの総長でもある。その帝人を害するならば、ブルースクウェアは面子をかけて動かなければならない。
青葉はにこりと帝人に笑いかけた。悪意の滲む、無邪気な笑顔だった。
「それは許せませんね。帝人先輩の、僕たちの総長の、大事なものに手を出すなんて。…なあ、お前らもそう思うだろ?」
周囲を見回し、青葉は声を張り上げる。
「同感ー!」
「ヒヒッ、リーダー様かわいそー!」
「そいつら、殺す殺す殺す殺す殺す。」
それを合図に待ってましたと言わんばかりに、少年たちが騒ぎ出した。賛同の声を聞き、青葉は満足気に頷く。
「ねえ、帝人先輩。帝人先輩を困らす輩は、僕らに任せてくださいよ。」
「青葉くん。」
「煩い羽虫なんて、すぐにブチッと潰してきますから。」
それが意味するところを、帝人は正確に知っているだろう。しかし帝人が、ダラーズを何よりも想っている帝人が、ダラーズを荒らす者の末路などさして重要視するはずがない。
知っていて、わかっていて、帝人は安堵の笑みを浮かべる。
「うん、お願いね。」
帝人のその一言が鎖を解く鍵となり、飢えた鮫は水槽から放たれる。
許可はおりた。少年たちに躊躇う理由など、欠片もない。
少年たちの興奮で立ち上る熱気を肌で感じながら、帝人はただ微笑む。その穏やかさはあまりに場にそぐわないが、帝人らしいと思うぐらいには青葉は帝人を知っているつもりだった。