恋をする為に盲目になりました
(ああ、平和だ…。)
この光景に首なしの運び屋や自身の弟が加われば、まさしく静雄の為の癒し空間そのものだろう。とはいっても、今でも十分過ぎるほど隣からはマイナスイオンが放出されているが。
居心地の良さに眠気を堪えながらも、身も心も癒されたい静雄は隣に視線を向ける。静雄が年の離れた友人だと思っている竜ヶ峰帝人は、サングラス越しの視線に気付いたのか小首を傾げる。それにあわせるように、竜ヶ峰の腕の中にいる白地に黒斑の猫も頭を傾けた。
内心悶絶しながら、静雄はずれてもいないサングラスを手で押えた。
「…いい天気だな。」
「そうですね。ずっと寒かったから、ようやく春がやってきたって感じがします。」
柔らかな笑みつきののんびりとした返事に、静雄は眼差しを緩める。
陽だまりのようだ。今いる場所のことだけではなく、醸し出す空気が、静雄の中での存在が、ぴたりとその言葉に当てはまる。
家の子にならないかなあと言っていたセルティの気持ちが痛いほどよくわかる。持って帰ったら、弟を欲しがっていた幽もきっと喜ぶだろう。何より帰宅して玄関をくぐればこんにちは癒し、な毎日だなんてどこの楽園だ。
静雄は本能のままに、手をのばし竜ヶ峰の頭を撫でようとした。
だが、その時。不快な臭いを鼻が感じ取る。
「…くせえ。」
「平和島さん…?」
暖かな光景に染まっていた心が、一瞬にして黒々とした殺意に塗り替えられる。ひたすら殺すと心内で呪いのように唱えながら、静雄は立ち上がり駆け出した。
「あのノミ蟲がああ!また池袋に来やがって…!」
何事にも一直線すぎる静雄は、その時点で臨也を殺すことしか頭になく、竜ヶ峰の存在を思い出したのはさんざん暴れまわって臨也に逃げられた後のことだった。
「悪い…!」
慌てて公園のベンチに戻り、まだ居てくれた竜ヶ峰に頭を下げる。相手は気にしなくていいと言うが、ただでさえ静雄は竜ヶ峰の好意に甘えっぱなしなのだ。自販機を投げ飛ばした時に割れたアスファルトの破片で頬を切り出血しても、自分が座っていたベンチを持ち上げられ強かに腰を打ちつけしばらく動けなくなっても、竜ヶ峰は大丈夫ですよと言ってくれる。平和島さんが望んでしたことじゃないってわかってますからと微笑まれたときには、不覚にも目頭が熱くなったものだ。
竜ヶ峰は優しい。優しいから、だからこそ、呆れられたくない。もう近付かないで欲しいなんて言われたら、自分でもなにをするかわからない。
「本当に、悪かった!」
「もう、気にしすぎですよ。平和島さんは。僕の幼馴染なんて、僕のことほうってナンパに行っちゃったりもしますし、急いで戻ってきてくれた平和島さんは、十分誠実だと思いますよ。」
「竜ヶ峰…。」
「それに、その、と、友達なら、そんなに遠慮しなくていいんですから!ね?」
照れたように言い淀みながらも最後まで言い切った竜ヶ峰を、静雄は抱き締めたくなる。それをしないのは、感極まった状態で自分の力をコントロール出来る自信がなかったからだ。
静雄は拳を握り締めることで衝動をどうにかこらえ、竜ヶ峰に勧められるままに再び隣に座った。
「そうだ、僕、思ったんですけどね。」
「ん?なんだ?」
「もしかして、平和島さんって、折原さんのことが好きなのかなって。」
一瞬、静雄は竜ヶ峰がなにを言っているのかわからなかった。徐々に理解しながらも、頭はその発言を春の陽気が聞かせた幻聴と処理しようとしていた。だが、竜ヶ峰の言葉は続き、静雄の逃避を許さない。
「だって、平和島さんって折原さんのことすごく意識してるし、暴力嫌いなのに自分から折原さんを捜し当てて喧嘩するし。」
気にするなと言われたが本当は怒っているのではないかと、静雄は竜ヶ峰をうかがう。だからそんな性質の悪い冗談を言うのかと思ったのだが、竜ヶ峰の顔は真剣だ。
静雄は戸惑う。竜ヶ峰に手をあげることなんて出来ないから、そうするしかなかった。
「ようく、考えてみてください。平和島さん。」
「お、おう。」
「相手がどこで何をしているのか気になったり。」
(…アイツがまた性懲りもなく、胸糞悪いこと企んでんじゃねえかって考えたりはするな。)
「つい相手の存在を目で追ったり。」
(…臭いし池袋に出入りする姿が目障りだからな。)
「相手の前では何時もの自分でいられなくなったり。」
(…視界に入れるだけでムカつきすぎて物投げちまうな。)
「会話するだけでも頭が真っ白になったりしたら。」
「ら?(真っ白っつうか血が上りすぎて真っ赤になんだよな。)」
「それは、恋ですよ!」
「……。…鯉?」
「いえ、恋です。」
そんな馬鹿なこと、あるはずがない。そう笑い飛ばすか、いっそ力ずくで口を塞ぎ一生そんな考えが浮かばないように頭をぶっ叩いてやれればいいのだが。
竜ヶ峰は真剣な目を優しく和らげると、静雄の手を取った。
「僕は、平和島さんに幸せになって欲しいんです。」
静雄のものより小さいが暖かい手に包まれ、心臓がどくんと跳ねる。静雄を映しこむ青みがかった瞳からは、慈しみすら感じられた。
「だから、まずは素直になりましょうね。平和島静雄は、折原臨也が好きなんですよ。」
静雄はただただ、まるで洗脳でもされているかのように頷く。それに嬉しそうに竜ヶ峰が微笑むので、静雄の心は喜びに満たされるのだった。
静→帝だったのに帝人様がばっきばきにフラグをへし折ってしまわれました。そして変わりに静臨フラグを立ててくれました。流石帝人様!多分帝人様は戦争コンビにウンザリしていて、くっついたらちょっとは大人しくなるんじゃないかならなくても暇つぶしくらいにはなるかなと思っています。完全なる愉快犯です。静雄可哀想だが頑張れ!
作品名:恋をする為に盲目になりました 作家名:六花