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瞳に映る青空

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俺は、僕は道場の側の庭で一心不乱に竹刀を素振りしていた。無我夢中で。


「きれい」

「えっ?」

いつの間にか近くに同い年くらいの女の子か来ていた。此処は女人禁制の古臭い道場だから此処に居るということは、兄弟にこの道場の門下生がいるのだろう。


「きれいだよ。その棒をふんって振ってるのが。あのね、『誰かを守ろうとか確固たる信念を持ってる奴は綺麗で強い』んだって兄ちゃんがいってたよ。よくわかんないけど、がんばってね」

にっこりと満面の笑みを浮かべたその子はそう言って走り去ってしまった。







またこの夢を見た。試合に負けるといつも見る。
多分小学校に入るか入らないかくらいの時の記憶だろう。
俺の初恋の記憶。

俺の家は剣道の道場をやっていて、父親は元日本一だ。父親が元日本一、これは何の自慢でもなくそれに関すれば嫌な記憶しかない。
小さい頃から言われ続けてきた、「父さんがお前くらいの時はこんな事も出来たぞ。」「父さんの子供だからお前も日本一になれる。」という言葉。
ずっとそれはコンプレックスで、剣道はやらなくてはならないものになっていた。

だから、あの子の言葉で俺は少し変わった。『守るもの』それは俺にはまだないけれど、その時から少し強くなれた気がした。

でも、肝心なあの子の顔が思い出せない。話していた言葉は全て覚えている。なのに、顔だけがぽっかりと抜けている。この時ばかりは俺の悪い記憶力を恨まずにはいられない。

微かに、その子の青い瞳が青空のようで、吸い込まれそうだった事だけが頭に残っている。






今日は朝から気持ちが良い。昨日は試合に負けてしまったけれど、あの夢を見ると一気に幸せとやる気がやって来るから不思議だ。
珍しく早く家を出た。


「なにニヤニヤしてるアルか。朝から気持ち悪いアル」

いきなり後頭部に衝撃がきた。


「んなっ。何しやがんでィ」

「んじゃなー」

鞄をブンブン回しながら振って桃色の頭の持ち主は嵐のように走り去ってしまった。

どうやら鞄で頭を叩かれたらしい。あいつの鞄の中身は何も入っていないと思っていたが、意外にも重量があった。お弁当でも沢山入っているのだろうか。

それにしても、にやけ面をしていたとは。
俺は頬をパンっと一回叩いて顔を引き締めて、通学路をまた歩き始めた。



学校に着くと、憎たらしいあの神楽という名のえせチャイナが気持ち良さそうに机に突っ伏して寝ていた。
その頭を目掛け、お返しに俺も鞄を振り下ろしてやる。


「いってー。何するアルか」

「今朝のお返しでィ」

「あぁ、ニヤニヤしてたから、変態として警察に捕まってると思ってたアル」

「んだと、やるか?」

「上等ネ」

いつもの光景。クラスメイト達はいそいそと机や椅子を持って教室の隅に逃げ出した。

お互いの蹴り等攻撃が飛び交い、先生お気に入りの『糖分』の文字が破れているのが視界の片隅に入った気がするが気にしない。

何度かやっているうちに俺の攻撃がもろに喰らったらしい。チャイナが吹っ飛んだ。

「うう゛う゛、ってあああぁぁ」
何事だと思い見るとチャイナの瓶底グルグル眼鏡も吹っ飛んでフレームが歪んでいた。

「よくも私の眼鏡壊しやがったナ。弁償するアル」

いつもだったら言い返すであろうその言葉ですら耳に入ってこない。
俺はチャイナの顔をジッと見つめていた。


「おいィィィ、お前ら何やったんだァァァ」

銀八に頭をグーでチャイナと一緒に殴られてようやく我に返った。

チャイナの瞳は青空色だった。その瞳に吸い込まれそうで、ただただ見つめることしか出来なかった。
作品名:瞳に映る青空 作家名:汀紗良