抓る 坂本×高杉
「痛いか?」
と彼は訊く。特別痛くはないので否と答えると、彼は今度は頬をつねり、また、
「痛いか?」
と、訊く。
少し首を傾げたようにしているのはわざとだろう、と坂本は思う。笑っているようにも、まったくの無表情にも見える高杉の顔は相変わらず読めない。けれど、その「痛いか?」が聞きたくて、坂本は否と答え続ける。
「痛いか、辰馬」
「ま~ったく。可愛か女の子に撫でられちゅうようじゃ!」
そうか、と高杉は吐息のような声で言う。これもまた計算なんろうと坂本は思ったが、やはり高杉の好きなようにさせることにした。
「なあ辰馬ァ、」
「こういうのは肌のやわらかいところのほうがずうっと痛ぇんだ」
言いながら、高杉は坂本の上着をするりと落とす。電球の光に染まった上着は、身体の線のままくたりとなって、言うなれば色っぽいような雰囲気があった。どうしてまあ雰囲気をつくるのが上手い男だ、と坂本はいつもながら感心する。自分とは正反対だ、とも。そしてその自分と言えば、いつも高杉のつくりだす濃密な空気にのみこまれてしまうのだ。
つつ、と着物のあわせに指が忍び込む。白い、白い指だ。節くれだった男の指だが、細い。そしてその指はこのうえなく優雅に三味線を奏でる。そしてこのうえなく愛し気に坂本の背に絡み付くのだ。
いや、違う、嘘くさい。似合わない。坂本は思考を放棄して、高杉の腕を捕まえた。そしてそのまま彼の着物も同じように脱がしてしまおうとしたが、その手はやんわりと追い払われてしまう。
「まだ、だ」
完全に着物をとっぱらわれてしまった坂本は、寒さに肩を震わせた。それをからかうように見上げて、高杉はまた坂本の身体を指で辿る。
「なあ、まだか~? いいかげんひやいんやけど」
指が肩の筋肉をゆっくりと撫でていくのに、坂本はぞくりとした。こうしてじっくり気をもたして、前戯にやたら時間をかけるのが高杉は好きだ。こういった趣向を好く女は多いが、男でそれにつきあってやるのは自分くらいだろうと思う。いや、それも嘘か。そんな戯れの時間にはまりこんでしまう男は、自分の他にも数多くいるだろう。
「ここは痛ぇだろう?」
前触れもなく、高杉の指が坂本の二の腕をつねりあげた。ぴりりとした痛みが走って、なにごとかと腕を見ると、高杉の爪がくっきりと肌に食い込んでいる。
「っつ!」
坂本が顔を顰めると、高杉は声を出さずに笑った。
「なあ晋助、そろそろ…」
「そろそろ、なんだ?」
すっかり赤くかたのついてしまった二の腕を、慰めるように高杉が撫でる。やわらかい、優しい手付きだ。そうしていると高杉はとても優しい男に見える、と坂本は思った。笑っている口元も、嘲笑などではなく、別の。
「そろそろ…早よぅあったまりたいちや、なあ?」
くくっと懐で低い笑い声が聞こえた。堪え性のねぇ男だ、と高杉は笑って、坂本の首に腕をまわす。からかうように首筋を撫でる指が憎らしいが、また可愛らしくもあった。
今度こそ、と着物へと伸ばした腕は、抵抗なく受け入れられた。
「辰馬ァ、寒みぃ」
寒いんはわしじゃ、と思ったが、坂本は黙ってその背を抱きかえした。高杉の手が首からするりと落ち、背中をとんとんと下っていく。ああ、この瞬間のために。
「高杉、ちっくと我慢せいよ」
敷きっぱなしの布団にそっとおろすと、案の定その冷たさに高杉は抗議の声をあげた。しかしそれも、かわされる口づけの合間に消えてしまう。
高杉の手がぎゅっと背中にまわる。そして坂本もまた高杉の肌を堪能した。痩せた胸に顔をよせ、ふんわりと上がる煙草と香のかおりに顔を緩める。
「って!!」
背中にぴりりとした痛みを感じて、坂本は思わず高杉の顔を覗き込んだ。
「辰馬、まだだ」
にやりと笑った口元は色っぽく、からかうようなその声が。
堪らないのに、本当に面倒な男だ。と、坂本は思った。