夢と現
最低な夢を見た。
いっそ、自分なんてこの世に生まれてこなければよかったと思うほどの、夢。
いつも、夢は残酷だ。見たくないと思っているのに、的確に、そこだけを見せてくる。まるで、意思を持っているかのように。
最初はみんな、笑っている。楽しそうに。おかしそうに。
ずっと、続けばいいと思う。何もかもが平和で、退屈な日々が。
でもそれは、続かない。
これから全部、壊していくのだ。
幸せを、壊していくのだ。
タイルやトニー、ファル、みんなの顔がだんだん恐怖に歪んでいく。フィオルやキファ、フェリスの顔も・・・・・・。
そして、夢の終わりにあいつを殺す。
ライナを、喰らう。
喰らって、しまう。
死んでほしくないのに。
誰にも、死んでほしくないのに・・・・・・。
――ああ、今日も、止められなかった。
最悪な気分で覚醒する。
天井が眩しい。
魔法の明かりが、今が夜だと教えてくれていた。
ふと、体の違和感に上半身をベッドから起こし、まだ揺れる瞳をそちらに向ける。すると、全身に冷や汗をかいていて、手のひらには、きつく握り締めたためか、爪の痕がくっきりと残っていた。
次に、小刻みに震える右手を頬にやった。
――乾いている。
どうやら、泣いてはいなかったようだ。頬に涙の痕がないことに、少しホッとした。
さっきまで見ていた夢は、細部まではっきりと覚えている。
みんなの歪んだ顔も、殺したときの感触も。喰らう、音さえも。
それが嫌で、嫌で嫌で・・・・・・。
顔が歪んで、涙が出そうになる。
体が震えて、止まらなくなる。
でも、それを彼は外には出さない。
彼は、王だ。この、ローランド帝国の国王なのだ。
国民に期待されている王が、そんな弱いところを見せられるはずがない。王は、毅然と美しく、優雅に振舞うものだ。すべてにおいて、完璧であらねばならないのだ。
例え、親友であっても。
「おい、シオン!俺死ぬ!過労で死んじゃう!」
ライナは、執務室の自分の机に堆く積まれた、書類の束を見た。
天井に届かんばかりの書類の山は、処理されるのを今か今かと待っている。
もう、今日で徹夜6日目だった。
寝不足で充血した目は、ギラギラとしている。猫背はさらに曲がり、寝癖のついた髪はぼさぼさだ。ライナは、もはや獣と言ってもいいくらいの姿だった。獲物がここに飛び込んできたら、ものすごい勢いで襲い掛かりそうだ。
対して、シオンのほうはいつもとなんら変わらない。
高貴さを感じさせる銀色の髪に、強い意志が見て取れる金色の瞳。
どこから見ても完璧だった。
シオンは、仕事の手を休ませることなく、ライナの抗議にニコッと笑う。
「ウィニットだんご店の取り潰し、けってー」
キィィン!
澄んだ高い音がしてそちらを見ると、予想どおり、フェリスがライナの首に剣を突きつけているところだった。
「おわっ!なにすんだよっ」
「ん?何か言ったか?」
フェリス・エリス。エリス家の人間。絶世の美少女である彼女は、今日も執務室の端に陣取り、持参しただんごを食べていた。楽しく食べていたのに、取り潰しだなんて赦すまじ。
「ちょっ、おまえなぁ。いきなり剣突きつけてきたらあぶな・・・・・・」
「そうか。首は胴体とさよならしたいのか。では」
そう言って、フェリスはライナの首に剣を押し付けていく。
「ふぇりりいいぃぃす!?あの、ちょっと、冗談、じゃないくらいに、食い込、んで・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「フェリス?フェリスさん!?・・・・・・ごめんなさい何でも言うこと聞きますから!!もう、許して、フェリス様・・・・・・」
ライナは半泣きで、相棒であるはずのフェリスに懇願した。
それにフェリスは、
「ウィニットだんご店の、だんご詰め合わせセットBを1万個で許してやる」
当然のように言い放った。
「うへぇ!?マジ・・・・・・ごめんなさい買います!1万個買わせていただきます、フェリス様!!」
「うむ。今日中にな」
ライナの財布の中身は、今日、死んだ。
ライナとフェリスの漫才が、目の前で続いている。
いつもの光景だ。
あいつらが帰ってきて、ここで仕事の手伝いを始めてから、この光景が日常化してしまった。
いつか離れなければいけないとわかっているのに、毎日が楽しくてたまらない。
ふざけあって、遊んで、仕事して。
所詮儚い夢なのに、必死にしがみついて、いかないでと懇願する。
――夢に縛られているのは、俺か。
そんな自分を惨めに思って、シオンは自嘲気味の笑顔を浮かべた。
シナリオは、もうすでに出来ている。後はそれに乗り、進めていけばいい。
そう、この日常こそが夢なのだ。
そして、あの夢が、現実。
「・・・・・・ン。・・・・・・オン。シオン!」
「・・・・・・なんだ?」
シオンは、ライナに呼びかけられて我に返った。
ニコッと笑い、完璧な顔を作る。そこに、先ほどの自嘲を含ませた笑顔はなかった。
「何って、お前がボケッとしているから、どうしたのかと思って」
「ライナは優しいなぁ。危うく惚れそうになったよ」
「げっ!」
「ははっ。冗談だよ、冗談。それよりその書類、さっきからぜんぜん進んでないみたいだけど?」
「おまえなぁ、せっかく人が心配してやってんのに」
ライナは、今のやりとりに疲れたと言わんばかりに、大きなため息をつく。
その顔を見て、シオンは心に痛みを感じた。
いつも見る、あの夢。
ライナやフェリスが、死ぬ夢。
いつまで、あの夢から抗い続けられるのだろう。
「俺は、お前を――」
その先は、言葉に出来なかった。言ってしまったら、今すぐにでもこの現実が終わってしまう気がして。
シオンの中に黒い、闇が堕ちてくる。
狂った勇者の、呪い。
――俺は、お前を喰らう。一つになろう、寂しがりの悪魔。