みすてりあす
更に言えば、小柄だといわれる東洋の男、雨月よりも背が低いのであるから不服である。雨月はどうやら日本人にしては珍しく連日連夜牛乳を飲んでいるそうだから当然ではあるのだろうが、それにしたって自分の背の低さはひどい。子供時代にもっと良いものを食べておけばよかったと、同じような食生活をしていたはずのGのことはこの際考えないことにしながらジョットは溜息を吐くのであった。
「雨月。ちょっとお前、屈め。」
「ん?」
だからジョットは他の守護者と並んで立たなくても良い状況をよく作った。
何段も重ねた木の階段に紅い絨毯を敷かせ、その上から見下ろしてみたり、当たり前に視線が低くなる椅子に腰掛けてみたり、といったところである。どちらにしても偉そうに見えるので威厳も出て一石二鳥だ。
今日はジョットはお気に入りのソファに座り、雨月をその前に正座させた。西洋の人間なら屈辱とも言える姿勢なのだが、そこは忍耐の国、日本の男である。雨月はたいして気にもせず、冷たい床の上に優雅な態度を崩さず座り込んだ。
「お前、その帽子の中はどうなっているのだ。」
「……帽子? ああ、烏帽子のことでござるか?」
「エボシ……? ああ、まあ、それだ。中身が気になる。長いのか。短いのか。」
つんつんと黒く長い帽子をジョットはつつく。前から気になっていたのだ。西洋でも日本でも、室内で帽子をかぶることは特別な場合を除いてあまり良いこととは言えない。
雨月は出会ったときからこの格好だ。堅苦しいのが嫌いなナックルは仕事以外のときは割とラフな格好をするし、あのアラウディでさえ室内では重たいロングコートを脱ぐ。それなのに、雨月は二十四時間三百六十五日、少なくともジョットが見ているときはずっとこの格好だ。ゆえに雨月のくつろいだ姿――というよりは身なりを崩した姿を見たことが無いのだ。
「ふふふ、内緒でござる。」
「何故。」
「分からないことがあるほうが、燃えるでござろう? ええと、なんと言ったか……そう、『みすてりあす』。」
「……。」
誰に教えられたのか。
分かっていっているのか、そうでないのか。
邪気の無い笑みにジョットは口の端を結んだ。この男は、たったそれだけのために長い間この姿のままで居続けているというのか。だとしたらとんでもない忍耐である。しかも普段彼がよく行う、薄皮に包んだような断り方ではなく、はっきりとした拒絶を示されてしまってはジョットもそれ以上の質問を重ねることができない。
もう良いでござるか、と言って立ち上がった雨月をジョットはじとりと見上げる。悔しいが、とても気になる。自分の背の低さは今までも気に入らないことこの上なかったが、じっくりあの頭を見ることができないとなると余計に腹立たしい。そんなことは恐らく気にしたことは無いのだろうが、上から覗き込めるナックルやスペードが急にとても羨ましくなる。
「ふふ、そんなに見つめられると、照れるでござるよ。」
「……。」
見つめてるんじゃない。睨んでいるのだ。
しかし視線の高さがそれをそうと見せてくれない。どうしたって上目に見てしまうのだ。唇を尖らせたジョットに雨月はそっと笑む。
(この男の視線をとどめておくのは、やはり難しいでござるな。)
気まぐれで移り気な彼のことだ、おそらく答えを言ってしまえば、好奇の視線はすぐに別のところに移ってしまうのだろう。だからこうして、自分のところに捕まえておくにはたくさんの、しかもとっておきの謎が必要なのである。
うろうろと通り過ぎる視線が、顔の少し上なあたりが惜しいところではあるが、これはこれで成功かもしれない。雨月はそんなことを思いながら、しばらくはこの謎に夢中になるであろう自分の主の頭をぽんと一撫でした。